ai~ずRoom
映画の鑑賞とトールペインティングの作品の記録。 そしてささやかな日常日記。
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    特にサスペンス、ホラーが好みですが、社会派、戦争物、感動物、ジャンルは問いません。
    旧作、新作に関わらずいい作品と出逢いたくアンテナ張っています。
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    映画の話で盛り上がりましょう~♪


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「マレフィク 呪われた監獄」
あらすじ…フランスのとある刑務所の一室に詐欺罪で投獄された経営者カレル(ジェラール・ラロシュ)は収容される。同房には、3人の男がいた。4人はある日偶然に壁のブロックの後ろから日記帳を見つける。そこには呪文らしき言葉が記されていた。その日記帳有名な黒魔術師だった囚人の物だった事がわかる。脱獄のヒントになるのではないかと、一縷の希望を胸に必死に呪文を解読しようとする彼ら。しかし、日記帳を読み進めるうちに奇妙な事件に襲われるようになる・・・

フランス製のホラーを観るのは初めてです。
日本劇場未公開なのですがこれがなかなか面白かったです。
副題はちょっといただけないのですが・・・。

場面は殆ど監獄の一室。
登場人物も少なく、そんな閉鎖的な中で黒魔術が絡み異様な世界観を作り上げています。
冒頭の黒魔術を行っているシーンからもうどっぷりとホラー。
このシーンでリタイアしてしまう人もいるかもしれないほどグロテスクです。

監獄の一室には一見して知識人とわかる老人、精神薄弱な青年、その青年に母親的愛情を持って接しているオカマがいます。
そして詐欺罪で入って来た主人公。
この4人のキャラ設定はしっかりしていてどれも印象深いです。
彼らは罪人ながら何かしらのトラウマも持っていてその背景が次第にわかってくる・・・
それは話の展開の中で自然に明かされるのですが、
それぞれが持っているトラウマと言うか、重い部分を語るものであって、語られるその背景を観る側に想像させる事だけで恐怖のイメージを持たせる事に成功しています。ちょとしたそれまでの人生を浮き上がらせて面白いです。

そして冒頭の黒魔術師が呪文を唱えたその後がなんとも意外性のある展開でした。

監獄内であんな無残な死に方をして、担架で運び出されておしまい?とか、殺人犯と詐欺犯が同じ監獄?とか
ツッコミどころはあるのですが、フレンチホラーがアメリカンホラーにも劣らない内容と丁寧さで勝負しているのには感心しました。

グロテスクなものに弱い人にはおススメできませんが、
先を見たくなる展開で1時間半弱によくまとまったホラー作品として一見をおススメできます。

無料動画GyaОにて4月15日正午まで公開中

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パソコンテレビGyaО http://www.gyao.jp/cinema/
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「エレクトラ」
あらすじ…死の淵から善の戦士の集団“キマグレ”のリーダー、スティックの手によって蘇ったエレクトラ(ジェニファー・ガーナー)。彼の指導のもと、武術や銃のエキスパートとして更なる成長を遂げたものの破門され殺し屋となっている。ある日新しい仕事を請け負うのだが、標的の出会った少女アビーとその父マークと知る。二人はある理由で謎の悪の組織“ザ・ハンド”から逃れてきたのだった。そんな中、“ザ・ハンド”は、彼らを亡き者にしようと5人の刺客を放っていた。

「デアデビル」のスピンオフ。
エレクトラはデアデビルとブルズアイとの戦闘で命を落としました。
そして本作でスティックによって蘇り、新たなるスーパーヒロインとして活躍するのです。

深紅のコスチュームにブラウンの髪・・・こんな女性「デアデビル」にいたっけ?と思ったのも仕方ありません。
デアデビルではブラックのコスチュームに巻き髪だったんですよね。
それにデアデビルと恋愛もする主要な人物なのに存在感は薄いんです。
そもそもこの「デアデビル」自体がヒット作ではないので、
スピンオフになったことへの愛着が今ひとつ感じられていなかったのです。
でも、それはそれと割り切って、予告編のアクションシーンに魅力を感じ観賞。

エレクトラは毎晩のように母親が殺された時の記憶が夢で蘇りうなされて起きるのでした。
悪魔のような姿をした者の記憶。
母親を殺したのは何者なのか・・・。
悲劇のヒロインが過去の闇を持っている所は人物に深みをもたせ良かったと思います。
アクションシーンもそつなくこなしていましたし。

ただし予告編を観てのイメージでこの作品を観てしまうとかなりトーンダウン。
身体のタトゥーが実体になって相手を襲ったり、キスをして相手の生気を奪ったりと、面白い悪役キャラは存在するものの、
雑魚キャラが忍者だったりとかなりチグハグ。
仮想の世界感に統一性がありません。

選び抜かれた5人の刺客なのに、戦闘はあっけなかったですしね。
5人を倒したらもう追っては来ない・・っていうのもちょっと変。
敵のボスは倒してないでしょって。

エレクトラがマーク親子を守ろうと思った感情や、
アビーの「宝」としてのイメージ付けが弱いので、何にしても意外性がなくただなんとなくアクションを観て終わったという感じです。
ここはきっぱりエレクトラのトラウマに焦点を当て、エレクトラ対“ザ・ハンド”に的を絞った方が良かったのではないでしょうか。

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公式サイト  http://www.foxjapan.com/movies/elektra/top.html
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「ヒトラー ~最期の12日間~」
あらすじ…1945年4月、ベルリン。ソ連軍の勢力が増しその砲火はヒトラー(ブルーノ・ガンツ)の間近まで迫ってきていた。総統官邸の地下要塞に避難していたヒトラーはもはや正常な判断力を失っていたが、わずかに残った軍勢に戦況の挽回を命じるのだった。側近達は敗戦の足音を耳にしながらも最期まで運命をともにしようとする。しかし酒と享楽に溺れて現実逃避する者もいるのも事実だった。3年前に総統付き秘書として採用されていたユンゲ(アレクサンドラ・マリア・ララ)は、ある日、ヒトラーから遺書の口述筆記を依頼される―。

戦後まもなくユンゲによって記され2002年に発表された手記が映画化されたものです。

秘書が間近で見続けたヒトラーなる人物。
独裁政治を貫き、全世界を震撼させた男の最期を描くと言う今までには無かった作品です。
あの凄まじい歴史的大虐殺(ユダヤ人を600万人虐殺したと言われています)をしたヒトラーの最期がこんな抜け殻のような寂しいものだったのか、とある意味その人間臭い感情を持って死を選んだ事に哀れさを感じました。
ヒトラーが残した歴史は決してぬぐえない過ちなのだけれど、
配下へ見せる激高とは別の顔があんなに弱々しくて、穏やかな一面ももっていたのですね。

栄華衰退・・栄えたものにはかならず衰えてる時がくる。
皮肉的に描いているわけではありませんが、そんな象徴的ストーリーと言えるかもしれません。

この作品はヒトラーの最期をクローズアップしながらも
彼を取り巻く側近、その家族、秘書、と周囲のそれぞれの選択を描いている所が異色です。
それはヒトラーの自殺後に特に顕著になって行きます。
この後半こそ、本作の問題定義部分なのだと分かります。
家族との晩餐に正装して付き、テーブルの下で手榴弾の紐を引く者。
睡眠薬で眠らせた後、子供達一人一人に無表情で毒を飲ませる母親。
タバコを一服した後に自然の流れのように自殺していく側近たち。
絶対的存在を失った時に崇拝者達が選ぶそれらの選択があまりに潔くて胸が痛いです。

ブルーノ・ガンツのヒトラーになりきった演技は圧巻。
ウルリッヒ・マテス、コリンナ・ハルフォーフ(ゲッペルス夫妻役)も見事でした。
ただ側近が多くて人物が混乱してしまった点はありました。(こちらの観賞力が及ばなかっただけかもしれませんが)
エピソードはすごく印象深いのに、ラストの人物のその後が誰の事なのか写真付きでもわかりづらかったです。

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参考サイト  http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD7318/story.html
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「シンデレラマン」
あらすじ…ジム・ブラドック(ラッセル・クロウ)はタイトル目前の有望なボクサーだったが、右手骨折がきっかけで勝利から見放され引退。時を同じくして《大恐慌》がアメリカの経済を直撃。失業者の一人となったジムは、過酷な肉体労働でわずかな日銭を稼ぐが、とうとう電気も止められてしまう。妻メイ(レネー・ゼルウィガー)は3人の子供達を親戚に預ける決意をするのだった。なんとか子供達を引き取ったものの、その後の生活には光がなかった。そんな折、かつてのマネージャー、ジョー(ポール・ジアマッティ)が始めから負け試合とわかっている試合をもってくる。ブラドックは生活費の為に一日限りのリングに立つのだった・・・。

ファイティング作品は、≪自分に打ち勝つ≫勇気と闘志のサクセス・ストーリーが多い。何かがきっかけになりどん底まで落ち、そこから這い上がってくる不屈の精神だったりします。

この「シンデレラマン」がファイティング作品なのに全く違うのは、この勇気や闘志とはかけ離れているところでしょう。
ブラドックが闘いに挑んだのは勇気からでなく「生活費」の為でした。
勝利することへのプライドではなく、家族を守るためにリングに上がらなければならなかったのです。
決して勇気があったからではありません。

ブラドックが帰宅すると電気が止められていて、3人の子供達は妻の意志で親戚に預けられてしまった後でした。
ブラッドはどんなことがあっても手放したりしないと長男と約束していました。
家を飛び出し生活支援センターから借金をしたブラッド。
けれどそれだけでは電気代に足りず、彼は苦渋の想いでかつてのボクシング協会に物乞いまがいに援助を願い出ます。
帽子に入れられる小銭・・・。じっとその姿を見つめる元マネージャーのジョー。
「ごめん、ジョー・・・・」
切ないシーンです。

身なりが良く、いい生活をしていると思っていたジョー。
「負け試合などさせないで」と直談判に押しかけたメイが見たものは、家具がひとつもない部屋で、身奇麗な服装をしてお茶を飲む夫婦の姿でした。
このシーンはジョーの人柄全てを語り尽くすものでした。
ジョーがブラドックに見たボクサーとしての<輝き>、その決意をただ見守る妻の神がかり的なまでの崇高な姿が目に焼きつきます。

ストレートに想いが伝わってくる作品でした。
ボクサーとしてじゃなく、大恐慌という波に飲まれた一人の男のストーリーとしてこの作品は描ききっていますね。
補足をするならばブラドックと言う<家族を守ろうとひたすらリングに上がった男>の物語であり、ジョーと言う<自分の信じたものに賭けた男>の物語でもあるのだ気付きます。
そして愛する男を慈愛で見守る妻と、父を信じる子供達の・・それぞれのサブテーマがあると言う事ですね。

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公式サイト  http://www.movies.co.jp/cinderellaman/


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「イーオン・フラックス」
あらすじ…2015年に発生したウィルスによって人類は絶滅の危機に陥り、98%が死滅。ワクチンを開発したトレバーの一族によってなんとか生きながらえた人類はトレバー一族政府のもと壁で囲われた場所で生活をしていた。2415年、圧政を憎む反政府組織“モニカン”の一人イーオン・フラックス(シャリーズ・セロン)にリーダーハンドラーより君主トレバー8世(マートン・ソーカス)の暗殺指令が下る。仲間のイサンドラ(ソフィー・オコネドー)と共に要塞に乗り込んだ彼女は、ついにトレバーに銃を突きつけるが、イーオンを見たトレバーは彼女を別の名で呼ぶ。戸惑ったイーオンは殺害を逸し捕らわれてしまうのだった。・・・・

イーオンが「人間の感情を取り戻したい」と妹の復讐だけでなく人類を本来の形に戻すべく戦う・・・筋立てはわかりやすいのです。
でもなんだか物足りない。

そのひとつには「印象に残らない」という逆の印象を与えた2415年の世界。
近未来作品として舞台設定はとても大事だと思うのですが、空を飛行船もどきが浮かんでいるくらいで、地上はすごく平凡。まるで現代。
やっぱりここはしっかりとCGとか使って印象的で独創的な近未来世界を作って欲しかったです。
タイムスリップした気分になれないまま本編が続いてしまったので、
敵地でいろんな仕掛けが出てきてもあまりハイテクに感じられないリスクを負ってしまいました。

もうひとつはモニカン組織にあります。
モニカンのリーダー、ハンドラーの抽象的な存在イメージにも違和感があったのですが、モニカン組織の規模も、「トレバー制のなにが圧制」なのかの訴えもないため、トレバー政権を奪取しようとする必然性が伝わってきませんでした。
そのため「悪」を前にしてもなにも緊張感が生まれなかったように思います。

バレエ経験による身のこなし(特に開脚はすばらしい!)、スタントはセロンの新しい境地ではあったのですが、「美しい戦士」だけが前面に押し出されてしまいましたね。
ファッションとスタイルには女性でも惹かれるとは思いますが。

なんだか相手組織が弱小すぎて(笑)
冒頭、シサンドラと乗り込む時に見せたスタントシーンが逆に大袈裟に見えてしまうとは(>_<)
あんな状況でわけもわからず敵と寝ちゃいけません(笑)

それで無くても近未来アクションはB級になりがちなのですから、
全ての設定をしっかり、説得力を持って描かないとダメですね。

「モンスター」「スタンドアップ」の後でシャーリーズ・セロンのネーム・バリューで呼べる。タイミング的に助かったかも・・・。

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公式サイト  http://www.aeonflux.jp/
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「レオポルド・ブルームへの手紙」
あらすじ…スティーヴン(ジョゼフ・ファインズ)は、15年の刑期を終えて出所し、食堂で働き始める。服役中の彼の心を支えたのは、レオポルド・ブルームという名の少年からの手紙だった。レオポルドの生い立ちはあまりに悲しい。自分が誕生した夜に父と姉は交通事故で死亡し、自分を愛してくれない母の下、孤独の中で育つのだった。教師が認めるほどの文学の才能を持ったレオポルドは授業の一貫で始めた囚人への手紙を熱心に書き続けるようになる。それを受け取る囚人スティーヴン。お互いの胸にある痛みを分かち合っているのだった。

メアリー(エリザベス・シュー)は、夫の浮気を疑い、やけになって出入りの職人と関係を持ってしまいます。浮気は事実でなかったものの夫と幼い娘が交通事故で死んでしまい、同じ夜にレオポルドは生まれました。
メアリーは「罪の子」としてレオポルドを愛せず、タバコと酒に溺れ、ペンキ職人と怠惰な関係を続けていきます。
そして起こる悲劇・・・。

「僕の人生は僕が生まれる前に始まった。僕は母さんの罪の烙印」

この手紙の書き出しから始まる印象的なオープニングです。

囚人の元に届く手紙はあまりに悲劇的な内容でした。
その痛みが「入所前の僕に似ているから」となんとか正しい道に導こうとするスティーブンもまた寡黙で生い立ちに陰がありそうなのです。

メアリーは痛みを抱えながらもそれをうまく処理できなかった哀れな女性です。彼女の苦悩は共感も出来る反面、すごく許せない。
何の罪もない少年に「罪の烙印」と言わしめたことこそ彼女の最大の罪です。

レオポルドの生い立ちが詳しく語られる筋立てで、
観ていると、ところどころにふと感じるちょっとした疑問。
<封筒には○○刑務所囚人さまと宛名が記されていただけなのに、スティーブンの手元に来たのはどういういきさつだったのだろう・・・>
<レオに会いに行ったスティーブンは大勢いる子供の中からなぜすぐあの子がレオだとわかったのだろう・・・>

その事実がわかった時がなんとも言えない想いになりました。
<ああ・・そういうことだったのか>・・・

スティーブンが本当にもだえ苦しんだものはなんだったのか、少年に何を告げたかったのかを知る時、ストーリーの緻密な構成に文芸的な感動を味わいました。

崩壊した心の痛みの哀しさと再生されていく心の希望。
スティーブンとレオポルドの文通が完結される感動を1冊の本を紐解くように味わえる素晴らしい作品です。

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参考サイト  http://movie.nifty.com/cs/catalog/movie_677/catalog_B00241_1.htm

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「ザ・セル」
あらすじ…若き心理学者、キャサリン・ディーン(ジェニファー・ロペス)は磁気共鳴装置によって患者の脳(潜在意識)に入っていく最先端の精神治療に携わっている。一方FBI捜査官ピーター・ノバック(ヴィンス・ヴォーン)は連続女性誘拐殺人事件の犯人カール・スターガー(ヴィンセント・ドノフリオ)をついに追い詰め取り押さえたものの、誘拐された女性が何処に監禁されているのかわからない。自宅のビデオには、ガラス張りの独房(セル)に閉じこめられた女性が、セルを満たす水の中でおぼれ死んでいく様子が記録されていた…。セルは、被害者が閉じこめられてから40時間たつと水で一杯になるように設計されている。キャサリンは不明の女性の居場所をスターガーから聞きだすため、磁気共鳴装置を使って男の潜在意識の中に入り込んでいく。

サスペンスを基盤にサイコ・ホラーが色濃い作品。
「ハンニバル」や「SAW」が面白かったと思える人ならこの作品は是非にとおススメしたいです(もっともこちらは2000年の作品で「SAW」よりずっと前ですが)。
脳の精神世界を彷徨う恐怖に、監禁された女性の「死」のタイムリミットがサスペンスとして緊迫感があり中だるみ無く観れました。

潜在意識に入り込み、殺人犯の深層に迫る心理学者キャサリン。
スターガーの精神世界の中で恐怖体験をしていきます。
スターガーの犯罪意識・・・それは本人も意識していない部分なのですが・・・の中に救いの部分があると確信したキャサリンは
危険を顧みず、再度スターガーの脳に入り込んでしまいます。
このスターガーのトラウマの部分を丁寧に描いているので、
表面的なサスペンスじゃない所に納得できます。

この作品を観た人なら多分、ある同じ思いを持つはずです。
「グロテスクな作品なのに美しい映像、美しい衣装が印象的だ」と。
意識世界を表現するのに安に暗い画面を続けるのではなく、
鮮やかな色彩が目に飛び込んでくるのが異色。
そして独特で、目を惹かれる衣装。
この衣装すごいなぁと思っていたら、デザインはあの「ドラキュラ」の衣装デザインで世界的に有名な【石岡瑛子】でした。

特にあたしが印象深かったのが下の写真にある衣装です。
写真では見て取れませんがパープルのマント(羽に見立てているのか?)が両壁に長くつたい、スターガーが前方にあるいてくる時の、その布が壁をつたってくる時のドレープの美しさ。
あのセットのような布も衣装の一部なのだと思うと、石岡氏の美学の深さに感服してしまいます。
うろこ状のマントもごついだけじゃない優美さを醸し出していました。

心理学者であるジェニファー・ロペス自身が作品的に綺麗過ぎた感じがあり、正直な所そのためにあたしの評価ランクの☆をひとつ失った感じがするのがもったいない所です(変な理由かもしれませんが)。

意識の世界を映像にするという試みに意欲的に挑戦し、犯罪の根底にはしっかりメスを入れている、
そして「恐怖の感覚」を「美」と「華麗さ」で印象付ける異色作、それがこの作品の魅力と言えそうです。

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参考サイト  http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=20128
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「ナルニア国物語 第1章 ライオンと魔女」
あらすじ…第2次世界大戦下。英国に住むペベンシー家の4人の兄妹──ピーター、スーザン、エドマンド、ルーシーは戦火から逃れるために田舎の知人に預けられていた。広い屋敷の中でかくれんぼをした時、末っ子のルーシーが衣装ダンスの中へと入り込んだ。そこは美しき神秘の国「ナルニア」へと繋がる入り口だった・・・。偉大なる王アスランが作った美しき神秘の国ナルニア。冷酷な白い魔女によって、100年にもわたり冬の世界に閉ざされていた。凍てつく寒さの中で、ナルニアの住人たちはある予知を信じていた。アスランの帰還と、4人の真の王が現れ、白い魔女の支配を終わらせると・・。

2人の“アダムの息子”と2人の“イブの娘”
ナルニアの住人が信じて待ち望んでいた4兄妹。
まだ年はかもないピーター達4人が一国を救うファンタジー。

この作品を観る時、どうしても「ロード・オブ・ザ・リング」「ハリーポッター」と比較されてしまうのは仕方の無い事でしょう。
「ロード~」が大人の好む壮大なファンタジー、
「ハリーポッター」が年代を越え友達同士で観るファンタジーなのだとしたら、
「ナルニア」はまさにファミリーで観るにふさわしい作品です。
ディズニー製作らしい雰囲気。

兄妹をまとめて行かなければいけないと言う責任感を負った長男ピーター。
輪を乱しがちな次男エドマンド。
しっかりもので現実的な長女スーザン。
心優しく正義感に溢れるルーシー。
4人が戸惑いながらも戦う決意していく心理が低年齢層にも理解しやすく描かれていました。

王アスランのライオンがロボットだとわかっていてもその自然さに驚きます。ビーバー夫妻もまたかわいらしいし印象的。
ナルニアの世界は幻想的なまでに想像力をかき立ててくれるに充分です。
「ロード~」程までの壮大さには及ばないにしても、ナルニアの国の広がりは続編でもっと描かれていくような気がします。

好きなシーンはアスランがエドマンドの身代わりの犠牲として
白い魔女の元、たいまつが焚かれた夜の階段を一歩一歩上がっていくシーン。王の威厳を感じました。

ティルダ・スウィントンは白い魔女に適役でした。
白い魔女が「氷」に象徴されていると思っていたので後半火に囲まれていたり、暖かい山あいでノースリーブで戦うあたりには「氷の魔女」じゃなかったっけ?とつい勘違いして違和感があったりもしたのですが、
その「冬」を感じさせる冷たさが存在感たっぷりでよかったです。
「コンスタンティン」で「大天使」を演じた時とは違う「白」のイメージでしたね。

そしてキャクターとしては一番タムナス(半獣半人)が印象的。
ルーシーを一度騙しながらも、罪の意識に人間界に送り返そうとするところは・・・「ロード~」に登場する“ゴラム”、「ハリポタ」に登場する“屋敷しもべ”を思いださせるキャラクターです。
これは後述しますが「罪の意識と更正」的観点とキャラクターはC.Sルイスもまた取り入れたかった要素なのだったのではないでしょうか。

知っている方も多いかもしれませんが実は「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズの原作者J.R.R. トールキンと、「ナルニア国物語」の原作者C.S. ルイスとは親友同士ということ。
刺激しあってるように確かに共通点も感じ、でも違うものを作ろうとする意欲を強く感じます。
それぞれがお互いの世界のファンタジーを作りあげたのですから素晴らしいですね。

「ロード~」「ハリーポッター」、そして「ナルニア国物語」も現代の撮影技術があってこそ形になったものと言えますが、
子供達に「夢」と「冒険」をストレートに語り、それを映像にして伝える事に成功したと言う点では二者とはまた比べることの出来ない力強さをしっかり感じられる作品になっていると思います。

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公式サイト  http://www.disney.co.jp/movies/narnia/shell_content.html
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「リチャード・ニクソン暗殺を企てた男」
あらすじ…サム・ビック(ショーン・ペン)は、別居中の妻マリー(ナオミ・ワッツ)と3人の子供を取り戻すため、事務器材の販売員として再就職する。しかし口べたで不器用なサムは成績も伸びず、また傲慢なボスに対して吐き出せない憤りを抱えていた。親友(ドン・チードル)と新ビジネスを立ち上げるためのローンも却下され、妻からは裁判所を介して離婚解消通知が届くのだった。ここのところ毎日のように観るウォーターゲート疑惑の報道。サムにとってニクソン大統領は、正直者が成功するアメリカの夢を踏みにじった男の象徴だった…。

また一ついい作品に出会いました。
タイトルからは政治的な社会派ドラマと言う硬いイメージがあり敬遠してしまう人も多いのではないかと思います。
自身も内容を知らなければそうであったに違いありません。
けれど、これを観ないのは勿体無いです。

サムは愛する家族と別居しています。
なんとか再就職を果たすものの自分には不似合いな営業マン。
しかも騙す事ができない正直者のため、成績は全然上がらない。
ボスは自分を見下していることにも我慢がならないのです。
けれどお金を得るにはそこから逃げ出す事もできないのです。

「髭を剃れ!」
愛する妻が好きと言ってくれた髭を反らなければならない理不尽にあい、
ますますボスとの主従関係に嫌気がさして来ます。
捨て台詞で会社を辞めたものの、宛てにしていた融資は却下され、
妻からも離婚を迫られる。

自分の何が悪いのか、何がいけなかったのか・・・。
サムは考えるものの前に進む道標を無くし自暴自棄に陥っていくのです。

なんて哀しいテロリストなのでしょう。
自分が成功できないのは大統領のせいなのだと思いこむサム。
全くもって見当違い甚だしいのだけれど、人間・・つまづいた時、
えてしてこうした見当違い、理不尽を冒してしまうものなのだと思います。
その破滅に進む道がいつから用意されてしまったのか・・
観る者は、サムの過ちを単に「馬鹿な男」として観終える事が出来るでしょうか。
もしそれができるのなら、この作品は観る必要がないですね・・・。

ショーン・ペンの物悲しい演技が光り余韻がいつまでも残ります。

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公式サイト  http://www.wisepolicy.com/the_assassination_of_richard_nixon/
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「県庁の星」
あらすじ…K県庁のエリート公務員・野村(織田裕二)は、200億円をかけたプロジェクトを提案、着々と話が進み後はプロジェクトの開始を待つばかりだった。篠崎建設の社長令嬢との婚約も整い順風満帆な野村は、プロジェクトに必要な「県と民間の交流」をクリアするため、半年間の研修に出る事に。三流スーパー「満天堂」に派遣されパート従業員の二宮(柴崎コウ)が野村の教育係となった。役所のスキルを押し通そうとする野村はことごとくスーパーの人々とぶつかり合う。その頃県庁では、野村抜きでプロジェクトが動きはじめて・・・。

カチカチ頭のエリート公務員がスーパーで働いて・・というコンセプトで大体のストーリーが見えると思っていました。
確かに中盤まではありがちなドラマ風ではありました。
けれど、スーパーで思いきり二宮とぶつかり合う下りは皮肉さも交えて一番面白く観られる所です。

後半野村がプロジェクトから外されるところから
この物語の深部に入って行きます。

「県庁の星」は頭でっかちのエリートが、真のやりがいに目覚め、
自分が必要とされる事の喜びと、本当の改革に気付くというものなのですが、
これは野村が気付くだけでなく、二宮やスーパーの店員達もが
自分達のあり方に気付かされ変化を遂げようとする事を描いているのが新しいです。

県が持つ「マニュアル的運営」と、民間が持つ「経験的運営」。
この両者には決定的に違いがあり歩み寄れないものがあるはずなのに、
お互いが相手の良き部分を受け入れようとする・・・
それは人間関係にも似ている部分なのだと気付かされます。

泣きのツボがどこにあったのか今も不思議なのに、ホロリと幾度も泣かされちょっとびっくり。
あったかいものが根底にあり、問題を提示しながらも人情の部分が色濃かったからかもしれません。

最後はやっぱり応援してた・・・
そんな一緒に頑張った気分になれ、元気をもらえる作品でした。

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公式サイト  http://www.kaikaku-movie.jp/
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「トレー」
小さいパターンの繰り返しは大きな図柄より面倒だったりします。
木の実は左右異色でCストローク。葉はベース塗りした後サイドローディングでフォレストグリーンを葉脈としています。

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「クラッシュ」
あらすじ…ロサンゼルス。ハイウェイで一件の自動車事故が起きた。そこで黒人警官グラハム(ドン・チードル)は偶然現場脇で行われていた若者の死体捜査に釘付けになった。それからさかのぼる事36時間・・・ペルシャ人の雑貨店主人は護身用の銃を購入し、アフリカ系黒人の若い2人は白人夫婦の車を強奪。人種差別主義者の白人警官は、裕福な黒人夫婦の車を止めて尋問をするのだった。

感情を揺さぶられると言う表現があるけれど本作はまさにそういうものでした。
クラッシュ・・車の衝突事故に始まり、車の衝突事故で終わるこの作品。予備知識がないとカーアクション系と間違えてしまうかもしれません。実際は人間同士の衝突をクラッシュに重ね合わせたタイトルです。
このタイトルの意味は深く、そしてなんとも端的に言い得ています。

印象深いのが人種差別主義者の白人警官。
黒人を見下して優位に立っているように見えますが一方で、医療機関の黒人女性から父親の入院を拒否されて冷たくあしらわれるのです。
尋問にかこつけて女の身体をまさぐる嫌なヤツなのに、父親の介護に献身的な良き息子でもある。
そして炎上した車から救い出した女性は・・・・。

黒人警官グラハムは母親思いなのだけれど、薬物中毒の母親は警官のグラハムではなくクスリの「買い物」をしてきてくれるチンピラのグラハムの弟を溺愛しているという皮肉。

誰もが何かに怒りをもってくすぶっている感情を、ちょっとした「クラッシュ」がきっかけとなって表に出てくる。それは何も特別な事じゃなくて自分の中にある「表」と「裏」に気付かないだけのことだと物語っています。
自分をそんな風に見つめる事ができる人間など何処をさがしてもいないのだけれど、他人を介してそれに気づかされてしまった時はなんとも酷な現実となって己に降りかかるもの。
多くの登場人物のこの「表」と「裏」が他人との絡みで見えてくる・・これがこの作品の見所です。

脚本は緻密で、人物達が絶妙に点と点で繋がっています。
この作品が小説を元に製作されたものではなく、映画の為に最初から練られた脚本だと言う点に注目したいです。
「ミリオンダラー・ベイビー」ではじめて映画脚本を手がけたと言うポール・ハギンスが脚本・製作・監督として「クラッシュ」を生み出しました。
元の小説があって映画化された場合、描ききれない部分もあったりして
満足に至らない作品が多々あるなかで、
「ミリオンダラー・ベイビー」といい「クラッシュ」といい、映画の為の脚本が書かれ、観客を惹き付ける作品を送り出した事の意味は大きいと思います。
有名な著書に甘んじない、プロットが全てと言える作品を一から作り出す事には非常に多くの困難があることは言わずと知れた事ですが。

本年度アカデミー賞に6部門ノミネートされている本作。
感動だけではない、人種差別の問題定義だけでもない多くのことを感じさせてくれる秀逸な大人の作品として、見逃す手は無いと思います。

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公式サイト  http://www.crash-movie.jp/
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