ai~ずRoom
映画の鑑賞とトールペインティングの作品の記録。 そしてささやかな日常日記。
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  • 映画大好き♪
    特にサスペンス、ホラーが好みですが、社会派、戦争物、感動物、ジャンルは問いません。
    旧作、新作に関わらずいい作品と出逢いたくアンテナ張っています。
    お気に入りの一本、是非是非教えてください。

    映画の話で盛り上がりましょう~♪


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「レジェンド・オブ・ゾロ」
あらすじ…カリフォルニアがアメリカ合衆国31番目の州となろうとしていた1850年。民衆の自由獲得を機に引退し、アレハンドロに戻ることを妻(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)と約束していたゾロ(アントニオ・バンデラス)だったが、もうすこし引退を延ばすと言ったことから大ゲンカになり別居するハメに。その後エレナがアルマン伯爵(ルーファス・シーウェル)といい仲になっていることを知り苦悶するのだが、伯爵の正体が秘密結社のリーダーだと気付き・・・。

前作から7年が過ぎているとは思えないほどゾロ(アントニオ・バンデランスは46才)もエレナも変わらない風貌に拍手です。
<続編は前作を越えるスケールで・・>とは良く使われる言葉ですが、
今作はその言葉通り前作を上回るアクション満載でエネルギッシュ。

馬のトルネードや、息子のホアキン(アドリアン・アロンソ)が笑いを誘い、ちょっとダメ男になりそうなアレハンドロが観れちゃったりもします。
そう・・ヒーローものにこんなエピソードは本当は要らない所なんですが、今回はこれが重要な要素になっている所がミソですね。
「家族」と「正義」の狭間で悩むゾロは、最近のヒーロー者に多い「悩めるヒーロー」でもあるわけです。

父の本当の姿を知らない息子ホアキンはゾロにゾッコン。
ゾロのマネをするその軽やかな身のこなしとヤンチャぶりは「カエルの子はカエル」です。
馬に乗ってしまうシーンがあって、ありえない事とは思いながらも彼なら出来そう・・なんて思っちゃいました。

前作「マスク・オブ・ゾロ」でディエゴ(アンソニー・ホプキンス)からアレハンドロにその《ゾロ》が受け継がれ、
後にアレハンドロから息子ホアキンに《ゾロ》はまた受け継がれて行くのでしょう。
そうして『正義は受け継がれていくものなのだ』という事を前作と本作を通してスピルバーグは語りたいのでないでしょうか。

アメリカの31番目の州になるという歴史的背景がリアリティを持たせており現実的な部分と創作的な部分の調和もいいです。
観終わった後にすっきりという作品は最近ありそうであまりなかったかも。
誰と観ても楽しめるこういう作品は好きです。

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公式サイト  http://www.zorro-movie.com/ 

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「隣人13号」
あらすじ…かつていじめられっ子だった村崎十三は、一見穏やかな青年に成長して、建築現場の仕事に就き、とあるボロアパートに引っ越してくる。だが、彼のカラダには凶暴な別人格“13号”が巣食っており、怒りの沸騰と共に顔を出す。そして少年時代の自分をいじめた赤井トールへ、10年越しの壮絶な復習を仕掛けるのだった。しかし、その凶暴性は徐々に増していき、ようやく事の重大さに気付いた十三は、なんとか“13号”を抑えようとするが、もはや自分の力ではコントロールすることは出来なくなっていた…。

井上三太氏のコミックを映画化したサイコ・サスペンスです。

コミックが実写映画化されるとその世界観が崩れてファンはガッカリさせられる事が多いです。でもこのコミックを読んではいませんが
この映画化はコミックファンを納得させたのではないでしょうか。

内気で穏やかな青年を小栗旬、彼の別人格13号を中村獅童と
一役を二人が演じると言う今までにないプロットは圧巻です。
従来の二重人格を一人が演じる場合、
俳優の技量が問われ、人格の変化にうまく見るものがついて行かない場合もあったりして来ました。
けれどこの別人格を別の俳優が演じることによって
今の人格がはっきりとわかる点のよさだけでなく、
別人格を押さえ込もうとする元の人格の戸惑いの心理も読みとれて
この手法を絶賛したいです。

今回その成功はもちろん小栗旬と中村獅童の演技力の高さによる所が大きいのは言うまでもありませんが。
13号に人格を乗っ取られ、始めは自分の無意識のうちに・・
いつしか意識の中で13号を見ているという難しい役どころをこなした小栗旬は人気だけじゃない実力を見せてくれたし、
中村獅童の狂気の様は観るものを圧倒し寄せ付けないほどの迫力でした。
二人の代表作に推したいくらいです。

子供の頃にあったいじめから別人格が生まれ、
その人格が復讐の標的ではないところでも狂気に暴走して行く・・・
野っぱら小屋の中での二人は心理を巧みに表現していて上手いですね。

ラストに至ってはすでに自分が13号に感情移入してしまっていて
<何故ひと思いに殺さないんだ!><そいつを殺さなくちゃ今までの殺人が無駄になる>などと思ってしまいました。
いつのまにかそんな風に思わせる・・なんて怖い作品なのでしょう。

誰にでも心に巣食う狂気を持っています。
上手くコントロールできているだけ。
じゃあ、もしコントロールできなくなってしまったら?・・・・
そんな事態に陥る事件に自分が遭遇していない事を
感謝した方がいいかもしれません・・・・。

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公式サイト  http://www.rinjin13.com/index.html
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「THE有頂天ホテル」
あらすじ…大晦日の夜、都内の高級ホテル「ホテルアバンティ」では新年まで2時間あまりとなり慌しさを増していた。
ホテルアバンティで働く沢山の従業員達。総支配人、副支配人、アシスタント・マネージャー、客室係、ウェイター、ベルボーイ、ホテル探偵・・・。
パーティーのショーに出演するためにやって来た芸人のアヒルは脱走。コールガールは客を物色するために追い出しても入り込んでくる。大物演歌歌手は舞台を前に自信喪失で手に負えない。
汚職議員、訳ありなフライトアテンダント、副支配人の前妻。
それぞれの年越しの2時間はそれぞれの問題と共に流れていくのだった。


役所広司、戸田恵子、生瀬勝久、松たか子、オダギリジョー、伊東四朗、唐沢寿明、佐藤浩市、篠原涼子、西田敏行、寺島進、石井正則、原田美枝子、津川雅彦、香取慎吾・・まだまだ名の通った役者さんが登場。
これだけのネームでそりゃもう「観たい!」気持ちがそそられました。

ホテルに介した人物達が失望したり、再会したり、結婚を考えたり、それぞれの新年のカウントダウンの時間を過ごすという物語。
斬新なアイデアで、楽しそうで、期待溢れる魅力的な話題作。

例えば香取慎吾演じるベルボーイが夢破れ、夢に関連する持ち物を人手に渡し、それが転々と人の手に渡り最後に自分の所に戻ってくるとか、
前妻と再会して虚栄心から今の自分の仕事を隠すとか、
面白いエピソードもあります。
それぞれのキャラもきちんと出来ています。
でも全体としてみるとなんだか薄い。

これが舞台劇ならとてもよく出来ていて、楽しい作品だと思うのですが(そう思って観るべきなんでしょうが)
演技がオーバーで、笑わせようという意気込みが強い分、返って冷めて観てしまいました。
くるみ割人形の頭を回転させて筆・・なんてところはクスリと笑えたんですけど、
客室係のエピソードとかどうも作り事としか感じれず、
副支配人が受賞者に成り済ましてスピーチとか、
ドタバタコメディと思って素直に観ようと思ってもどうも気持ちが入っていきませんでした。

もっと人間臭さのある自然な笑いが欲しかったんですけど
どれも無理して作っている感じでした。

最初から舞台劇と思ってみていれば違ったかもしれませんが、
これだけの役者さんを揃えて
ただドタバタコメディを観た余韻しかないのは非常に残念です。

話題先行したちょっと自分的には期待はずれの作品でした。

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公式サイト  http://www.uchoten.com/
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「スタンド・アップ」
あらすじ…夫の暴力に耐えかね、二人の子供を連れて家を出たジョージー(シャーリーズ・セロン)は、故郷の北ミネソタの町の実家に戻ってきた。しかし出戻ってきたジョージーは身持ちの悪い女“というレッテルを貼られ、父親(リチャード・ジェンキンス)からも冷たくあしらわれるのだった。
この土地で二人の子供を養って生きていくために旧友グローリー(フランシス・マクドーマンド)の紹介で町の男たちに混じって鉱山で働くことを決意する。しかし男の職場に入り込んできた女に対する剥き出しの敵意と、露骨な嫌がらせにさらされるのだった。
ジョージーは心に決めた。一人でもいい、とにかく立ち上がってみよう、と――。


現題は「NORTH COUNTRY」―北ミネソタの町からそれは起こったという意味でしょうか。
事実に基づいたこの作品は、女性ならずとも終始息が詰まる程やるせない事ばかりです。

暴力夫から逃れたものの、10代でシングルマザーになり、また父親の違う子供を連れて故郷に帰ったジョージーに周囲も冷たく、父親は理解もしない。同じ炭鉱で働く事になりその溝は深まるばかり。
人前で「夫を寝取った」と中傷された事で息子からも背を向けられてしまいます。

職場での嫌がらせは度を越して、度重なるレイプ未遂にとうとう訴訟をする事を決意します。
けれど味方のはずの女性達は給料のいい職を手放すわけにいかないと誰一人ジョージーを支持する者はいないのです。

『力の強いものに弱いものが出来る事はあるのか』
この作品が一番訴えている事は、このことです。
何もしないで現状に甘んじているだけでは何も進まない。
でも変えなければ。そのための一歩を勇気をもって踏み出してと―。

この作品はセクハラ問題と平行して
父親と娘、母と息子という2つの軸が重要要素として描かれています。
あばずれと見下す父親と、そんな母親なんだと憎む息子。
何故、ジャージーは息子の父親は誰かわからないと言い続けてきたのか・・。
それぞれの確執と再生が、もうひとつのセクハラ事件と絡み
深く、そして見事に描かれています。

男性社会に女性が入る事は開かれた社会のように見えますが、
そこで女性が働く現状は決して喜ばしい事ばかりではありません。
男性社会の中に女性が入っていくという事は覚悟しなければいけない事なのか・・・。

現状に目をつぶらず、逆境から抜け出す勇気をもって踏み出す事の大切さと希望をシャーリーズ・セロンはその体当たりの演技で伝えてくれました。
今作、「モンスター」ほど外見を作りこんでいない事が返って功を奏した感じがします。抑える所と感情を出す所との抑揚が良く、
そこまでしなくても、こうした作品を地でしっかり演じられる事を証明したと言えるでしょう。

ラストは誰しもがグッと来る展開です。
観ているこちらまで救われたような・・そんな重さから解かれたような余韻のまま席を立ちました。

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公式サイト  http://wwws.warnerbros.co.jp/standup/
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「エクスペリメント」
あらすじ…母親と妹に暴力を振るう父を憎むアレックスはある日、 父の銀行に車で突っ込む。保護観察中だったアレックスは窃盗、障害、器物損壊罪などの罪で少年刑務所に2年間服役することになる。 しかし、矯正キャンプに参加し、 4カ月間の訓練に耐え抜けば自由の身になれると言われ、父親への復讐に燃えるアレックスはその誘いを受けることに。 その政府が推進する極秘犯罪撲滅計画プロジェクトは少年たちの暴力性や反抗心を奪う心理実験だった。

<「SAW」に続く精神崩壊スリラー>の言葉につられて観ました。
<極限状態で壊れていく・・>なんて言葉があり、教官と犯罪者にチームを分けてその精神状態を実験した「es」を思いださせます。

全くもって期待はずれでした。

犯罪者を強制するため極秘プロジェクトだという割に選別された犯罪者は街で麻薬売ったり、強盗の見張りとか、そんな普通のチンピラ程度。
苦痛を強いて、精神の根本を変えるなんていう大袈裟なプロジェクトには似つかわしくないです。
軍隊的な教官に目を覆うばかりの極限の虐待をされ、
犯罪者達がおかしくなっていくというストーリーになるのだと思いきや、
・・・・いったいいつ精神は壊れたの?と思うほどみんないつまでも普通。
あれならみんなこのキャンプに志願して4ヶ月言う事を聞いてサッサと出所したくなるじゃないでしょうか。

教官は単に大声を出している印象で、すごく厳しいのかと思えば、囚人にあざを作った教官はサッサとクビになったりします。

アレックスが父への復讐の為に過酷なプロジェクトから逃げ出さず
4ヶ月耐えようと思うプロセスは納得いくのですが、
ラストはあれ?って拍子抜け・・。

父親との確執も、キャンプ内での虐待(虐待と言うよりもいじめ)も全てにおいて中途半端です。
ショッキングでもなければ、問題作でもありません。

タイトルコピーにまんまと乗せられてしまいました。

こんなことなら迷ったもうひとつの方を観れば良かったと久々後悔してしまいました。

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「ヴェロニカ・ゲリン」
アイルランド女性記者の勇気を描いた衝撃の実話です。

あらすじ…サンデー・インディペンデント紙の記者、ヴェロニカ・ゲリン(ケイト・ブランシェット)は、ダブリンの子供たちが麻薬に溺れ、売人たちが富を得る現状を見て、麻薬犯罪の取材を始める。裏組織に詳しいトレーナー(シアラン・ハインズ)や警察のコネを使い、しらみつぶしに取材を続ける。幾度かの身の危険にも屈する事なく、とうとう大物の麻薬売買組織のボス、ジョン・ギリガン(ジェラルド・マクソーレイ)へと迫るが・・・。

道端に散乱する注射器、それをおもちゃにして「こうして打つんだよ」と無邪気に真似をしてみせる幼い子供。
廃屋には12~15歳くらいの子供達が薬漬けになってうつろな眼で
ヴェロニカを見返す・・・・。
冒頭からショッキングです。

一人の記者として自分の使命に気付き、麻薬組織の実情を記事として書き続ける事を決意をするヴェロニカ。
けれどそれはすなわち自分の身を危険にさらす事でした。
家族をも巻き込む事になった時、彼女の中に芽生える<正義>と<恐怖>の葛藤。
この心情がしっかりと描かれています。

なんて哀しい終わり方なのだろうと思いました。
彼女が社会を動かした事は事実。そこに報いがあるかのように見えます。
でも社会が何故もっと早く気付けなかったのか。
彼女の犠牲が無かったら社会はずっと麻薬組織に目をつぶっていたのでしょうか。
たとえ幼い子供達が何百人と死んでいっても・・・。

一人の大物ボスを検挙してもそれは氷山の一角にすぎません。
「麻薬」が根絶していかなければ事件はまた繰り返されるかもしれないのです。
この作品は決して、<ああ、良かった>と思える結末を示しているわけではありません。

ヴェロニカの<勇気>が一時の社会の革命で終わらないためにも
この真実を見据えて全世界が彼女の死を無駄にしてはいけないのです。

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公式サイト  http://www.movies.co.jp/veronica/
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「姑獲鳥(うぶめ)の夏」
あらすじ…昭和24年の東京。雑司ヶ谷の由緒正しい大病院にまつわる奇怪な噂が、世間を騒がせていた。久遠寺医院の娘、梗子が20ヵ月もの間妊娠し、夫は密室から消えてしまったというのだ。小説家の関口(永瀬正敏)はふとしたことから事件に関わり、私立探偵の榎木津礼二郎(阿部寛)と捜査に乗り出す。一方、榎木津の幼馴染で、戦時中は軍隊で関口の部下だった刑事、木場修太郎(宮迫博之)もまた、久遠寺医院の怪に関わっていた。事件には憑き物が絡んでいると踏んだ木場は本屋の店主、京極堂こと中禅寺秋彦(堤真一)に憑き物祓いを依頼する。

20ヶ月も妊娠を続けて一向に出産の気配の無い娘。医院での連続赤ん坊失踪事件。元看護婦の死。
3つの事件が、巧みな推理で一つになり真実に導かれる・・・。

内容はとても緻密な推理ミステリーで面白いです。
けれどそれは小説として読んだ時・・と言ってしまうには酷でしょうか。
冒頭の京極の長い長いセリフにしても、事件の解明シーンにしても
事件の始めから最後の締めまで「セリフ」での解説になってしまっています。
そのため、視覚的でなく、頭で理解しようとしてしまうから
せっかくの事件真相のインパクトが迫ってきません。

原作を読んでいなかったので、はじめ主要登場人物の関係が掴めず、
一時DVDを止めてサイトで確認をしたほどです。
ここらへんは、京極ファンが観るだろうという認識で作られているのでしょうか。
ここらへんがわかっていないと、京極と言う推理者がいながら
榎木津という私立探偵が登場するのが、なんとなく探偵がダブっているように感じてしまうのです。

人物像がはっきりと伝わってこないため、
京極らしさ、榎木津らしさが出ず、薄くなってしまいました。
シリーズの1作目ならば、この登場人物たちの個性こそ丁寧に描いて欲しかったですね。

事件はこの時代ならではの哀切と、家系のゆがみを描き
レトロ的な雰囲気を醸し出していて良かったですが、
変なスポットライトのあて方が急に舞台的になり違和感を感じる所が多々ありました。

堤真一は京極の役にぴったりです(あの長台詞には功労賞をあげたい!)し、永瀬正敏、阿部寛、宮迫博之も映画からだけすればイメージには合っていました。

原作を読むとすごく面白いだろうな~と思った珍しいパターンなだけに
映画として惹きつけられる物が無かったのが非常に残念です。

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公式サイト  http://www.ubume.net/
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「ホテル・ルワンダ」
―たった一人のホテル支配人が1200人を大虐殺から救った物語。

この作品の公開に至っては「ホテル・ルワンダ」日本公開を応援する会(旧 「ホテル・ルワンダ」日本公開を求める会)が力を注ぎ現在に至りました。
私は日本公開は無いと言われていた頃からなんとか観たいと思っていた一人です。素晴らしい作品を日本に招致してくださった会に感謝します。

あらすじ…1994年、多数派のフツ族と少数派のツチ族が長年争ってきたルワンダでは、3年間続いた内戦がようやく終息し、和平協定が結ばれようとしていた。。ところがフツ族大統領がツチ族に殺され、フツ族の民兵グループが一気に凶暴化。ルワンダの首都ギガリの高級ホテル、ミル・コリンで働くポール(ドン・チードル)は自分の家族を守る事だけを考えていた。しかも妻はツチ族なのだ。しかしホテルには多くの避難民が押しかけてくるようになり・・・

このルワンダ大虐殺が1994年という現代に起こっていた事実にまずは驚愕します。
民族が違うと言う事だけで同じ国の者が異民族をまるで椰子の実を割るかのように簡単にナタを振り上げて殺すのです・・・。
道は虐殺された人の死体で塞がれ車が通る事も出来ません。

こんな惨状が自分が平和に暮らしている地球の裏側で起きていた事に胸が痛みます。

はじめは家族だけを守ろうとした男が、隣人、孤児を目の当たりにし、次第に彼を信頼して集まってくる人々を虐殺から守ろうと決意していきます。
それはまさにヒーローなのですが、彼はヒーローなりたかったわけではありません。

隣国のヨーロッパ諸国に見放され、国連兵士さえも撤退していく中で守らなければならないものが彼にははっきりと見えたからなのだと思います。

「あの虐殺の事実が放送されればきっと助けに来てくれる。」と言うポールに、
「いや、隣国たちは<まあ、かわいそうね>と言いながらニュースを見ながら食卓を囲むだけだよ」と取材スタッフが吐露する場面は苦しいです。

この恥をヨーロッパ諸国は今改めて知るべきです。
いえ、ヨーロッパ諸国だけではなく、世界の人々が心しなければいけない恥です。

表だって名前を連ねていないのにビッグネームの俳優陣が脇役として出演している事にもこの作品への賛同を感じます。
決して「感動して下さい!」という押し付け的な描き方ではなく、
「何かを感じて欲しい」という想いが伝わって来ます。
それがいい・・・。

『アビエイター』『ミリオンダラー・ベイビー』などと並び2004年度アカデミー賞の主要3部門(脚本賞、主演男優賞、助演女優賞)にノミネートされたこの作品を知らない人はまだまだ多いでしょう。
アカデミー賞にノミノートされたからではなく、今を平和に生きる人々が人間の尊厳を今一度考え直すために一人でも多くの方に観賞して欲しいと切に思います。

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公式サイト  http://www.hotelrwanda.jp/
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「ハイド・アンド・シーク 暗闇のかくれんぼ」
あらすじ…母親が浴室で手首を切って自殺して以来、心を閉ざした9歳のエミリー(ダコタ・ファニング)。心理学者の父デビッド(ロバート・デニーロ)は娘の心を癒そうとニューヨーク郊外への引っ越しを決意する。しかしエミリーはそこでも誰にも心を開くことはなかった。そして見えない友達「チャーリー」とだけ遊ぶようになる。戸惑いながらも、エミリーの空想を静観することにしたデビッドだが、深夜、浴室での物音に気づいたデビッドは、そこにクレヨンで殴り書きされた「彼女を殺したのはお前だ」の文字を見つける。エミリーの仕業に違いないとエミリーを問いただすと、返って来た言葉は「チャーリーがやった」だった・・。

見えない空想のチャーリーと遊ぶエミリー。
「彼の事は話せ無いの・・・彼が怒るから・・・・。」と不気味な事を言い続ける娘を、娘への愛情でなんとか母の死の呪縛から解放させようとする父デビット。
前半を観ている段階ではあまり目新しい物を感じませんが、
後半一気にサスペンス色が強くなり、何も無いように感じる前半に
伏線だらけだった事を知ります。

その手法は「アザーズ」を思い起こしました。
最終的には「サイコ」に繋がるものもあり、新しい感覚の作品のようで実はシンプルで古典的作品と言えるでしょう。

けれど、そこはデニーロとダコタ嬢。ふたりの役作りの上手さで見せてくれます。
ダコタ嬢の強烈なインパクトは名優デニーロに負けず劣らずで、スリラーでもいける事をしっかり証明してくれました。
げっそりやつれ顔のエミリーはホント不気味です。

おどろおどろしい怖さで無く、心にもたげて来る鬱陶しい感覚。
恐る恐る扉を開けて中を覗きこむ感じで観賞するのがいい作品です。

ネタバレしてしまうと全く面白く無い物になってしまうので
それだけはご注意を。

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公式サイト  http://www.foxjapan.com/movies/hideandseek/
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「白いカラス」
あらすじ…コールマン・シルク(アンソニー・ホプキンス)は古典文学教授として大学に34年間勤務したが、ある時講義中に発した一言が黒人差別だと批判され、辞職に追い込まれてしまう。妻はその事実にショックを受け数時間後に死亡する。しばらくして、コールマンにはフォーニア(二コール・キッドマン)という若い恋人が出来る。幼少時代の虐待が誰にも言えない心の傷となっているフォーニア。彼は最後の恋と周りの中傷にも耳を持たなかった。フォーニアの苦悩を受け止めようとするコールマンは、自分にこそ決して知られてはならない秘密をもっている事に苦悩するのだった。

白いカラス・・この映画そのものを抽象的に、なおかつ端的に言い得ています。
自分でありながら自分で無い
そんな人生を生きてきた男の最後の愛の物語です。

黒人でありながら、肌が白い事でずっと白人として生きてきたコールマン。
父は毅然とした紳士で気位が高い。しかし、父自身も黒人である事から車内給仕として働いていた事を子供達に隠し通しており、死亡して初めてその真実を知り愕然とします。
「黒人には結局はそんな仕事しか無いのさ」
若い頃にことごとく黒人差別を目の当たりにしてきたのでした。
彼は自分の中に「黒人である自分」を封印してしまったのです。

年老いた彼がフォーニアに出会い、彼女の大胆で奔放な中に真の悲しみと孤独を見つけた時、心から彼女を愛し始めます。
その愛は激しいものではなく、癒しの愛。

一生癒えない傷をもった女とありのままに生きられない男。
その形は違っても孤独の色は同じだったのですね。
お互いに求め合うのは必然だったのでしょう。

人種差別、DV、幼児虐待など、作品の奥にある物がとても重いです。
アンソニー・ホプキンスは「羊達の沈黙」で見せたレクターが強烈でしたが、この作品を観ている間一度もレクターの事などよぎりませんでした。哀しい老人を見事なまでに演じ演技の幅の広さを感じます。
二コールも流石。どんな役でも加担に挑む彼女の女優魂を感じる一作です。

「告白したい事があるんだ・・・」
最後に本当の自分に戻れたコールマンのその長い偽りの人生からの解放を想い、観ているこちらも安堵しました。

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公式サイト  http://www.gaga.ne.jp/white-crow/
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「クリップス」
ある死刑囚の死刑がつい先ごろの2005年12月13日午後5時01分に執行されました。
彼は24年間服役し、その間4回のノーベル賞にノミネートされていました。
これは彼の真実の物語です。

あらすじ…犯罪多発都市ロサンゼルス。屈強な青年スタン・ウイリアムズは(ジェイミー・フォックス)、LAギャング“クリップス”のボスとして街に君臨していた。ある日ウイリアムズはコンビニ強盗で4人を殺害し死刑囚となる。収監され刑務所でも一目置かれるまでにのし上がったウィリアムズだったが、ひとりの女性ルポライターが「クリップス」の真実の本を書きたいと取材に来た事で人生が変わる。彼は贖罪にめざめ、児童書を執筆しようと全霊を傾けるのだった。

町を震え上がらせる凶悪なギャングのボスが、世界の子供達に悪への回避を唱えるため児童書を執筆すると言う異色の一生を生きた“スタン・トゥッーキー・ウイリアムズ”
ノーベル平和賞・ノーベル文学賞にノミネートされた偉業は驚くべきものです。

けれど、彼が過去に犯した罪はそうした事で消えるものではありませんでした。彼を支援するあまり、暴漢に襲われる女性ルポライター。
「被害者に変わって神が天罰を下す!」と。

そうですね・・この作品はまだスタンが生存中に製作された事もあって、真実に忠実に描こうとしてはいますが、スタンの側からの視線な為に「贖罪」に焦点が合っていますが、
これが被害者側から観たらまた違った作品になっていた事でしょう。

「罪を認め、心を入れ替えて真摯に児童達に暴力のない社会をと訴えた彼は立派」と手放しに絶賛できない複雑な想いが去来しました。

ストーリー展開はやや単調で、盛り上がりに欠けるためスタンの壮絶な人生が浮き彫りになっていたとは言えず、
「贖罪」の意識に捕らわれるまでの心情の変化の描写はやや弱いという感じ。
死刑囚がノーベル賞にノミネートされたという事実が、どこかスタン側から見た「美談」になってしまったのが残念な気がします。

最後まで無実を言い続けていたというテロップに、あれ?罪の意識があっての人生改革だったのではなかったの?って思ってしまったのはあたしだけでしょうか・・。

最後の最後に考えてしまいました。

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参考サイト  http://www.tv-tokyo.co.jp/telecine/video/redemption/
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「コーラス」
あらすじ…世界的指揮者のピエールは、母親の葬儀のために帰郷する。彼の家に古い友人のペピノが「いつか形見として渡したかったんだ」と一冊の日記を持って来る。・・・時間は1949年のフランスに遡る。問題児が集まる寄宿舎「池の底」へ、舎監としてマチュー(ジェラール・ジュニョ)が赴任した。手のつけられない子供達だと、体罰で規律を保とうとする校長に疑問を持ったマチューは歌を取り入れて少年達の心を開こうと模索する。合唱団を作った彼はある日、学校一の問題児、ピエール(ジャン=バティスト・モニエ)の美声に驚嘆する。

親とは月に2度しか面会できない寄宿学校。その寂しさからすさんだ少年たちはいたずらや喧嘩で気持ちをぶつけるしかありませんでした。
しかし、「やられたらやり返せ」の方針で校長や教師たちは少年達に厳しく処罰を与えるだけ。
そこに心を潤わせるものは無かったのです。
中でもピエールは問題行動で反省室に入れられてばかり。

マチューが合唱団を作って教室で歌い始めた時もピエールは処罰による奉仕仕事を続けている時でした。
歌に興味を持ったピエールは隠れて歌を歌う様になります。
そして、その歌声をマチューは聞いた途端、彼の才能を確信するのでした。

ピエールがマチューの前で独唱した時、そのシーンは感動シーンでも何でも無いのに、涙が溢れそうになりました。
ジャン=バティスト・モニエは実際サン・マルク少年少女合唱団の一員だったのですが、「合唱団なのだから上手いのは当然」という思いを通り越して、その美しい歌声に感動してしまったのです。
まっすぐにマチューを見据えて歌うピエールのまなざしにも惹き付けられました。

問題児だけれど心寂しい少年達と、歌を彼らに教え「喜び」を与えたマチュー。言葉じゃない音楽を通じての心の絆。
その温かさが観ている者の心に流れて来るようです。

そしてペピノが「いつか形見として渡したかったんだ」と、マチューの日記を持っていた理由が、ラストにわかる・・・そのなんともいえない幸福感の余韻が大好きです。

この作品ははじめ観る予定の無かった作品ですが、映画を多く観ている友人が絶賛していて観たくなった作品です。
その通り素晴らしかったです。
なかなか自分からは進んで観ないような作品に、えてして名作が多く隠れている事を知ります。
そういう意味で「自分が観た作品を人がどう感想を持ったか」というだけでなく、自分が観ていない映画鑑賞日記を読む事は
とても大事な事だと改めて感じました。

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参考サイト  http://www.herald.co.jp/official/chorus/
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「シルミド」
あらすじ… 死刑囚のインチャン(ソル・ギョング)は、他の囚人たちとともに孤島シルミドへ送られた。彼らはチェ准尉(アン・ソンギ)の下、北朝鮮の金日成の首を取る秘密特殊部隊として訓練を受けることに。訓練兵たちは、任務を終えれば社会へ戻れると信じ、684部隊として過酷な訓練をこなしていく。そして、3年後遂に出撃の夜がやってくるのだが、出陣直後に命令は突如取り消される。北との歩み寄りへ方針を変えた政府は、チェ准尉に部隊の抹殺を命じるのだった…。

戦争ものですから当然ストーリーの背景には政治的背景があるのですが、これは事実をもとに作られたとあってとにかく重いのです。

死刑囚、無期懲役囚といった、社会からはじかれた者達で結成された684部隊。
戦地よりも過酷と言われる訓練にひたすら耐え、やがて31人は精鋭部隊となってどこの戦地でも通用するまでになって行きます。

しかし自国と北との政治摩擦が緩和され、任務が白紙になります。
シルミドに送られた段階で戸籍を抹消されていた684部隊は、その極秘事項を隠蔽する為に全員抹殺される運命に立たされることになるのです。

大統領に自分達の存在を知らせるためにソウルへと向かう彼ら。

敵国と戦うために捨て駒として訓練を強いられた者達が、自国の政府に翻弄され、
敵国で無く自国の兵たちと戦う姿はあまりに悲しいです。

また、上官としてのチェ准尉、チェ、パク軍曹の感情がしっかり描かれている所も秀逸で、特にチェの訓練には冷酷ながら、兵達への愛情をしっかり持った人格像は素晴らしかったです。
バスを目前にして、走る出す時に落とした「キャンディー」にグッと来ました。

下情報無く観賞したので、シルミドに訓練兵が集められることになった、それまでの政治的過程を踏まえるまでには映像の上では少し理解しずらいものがあったので、
この映画の元になった史実を先に知っていると、冒頭からわかりやすいかもしれません。

男の映画のように思われがちな作品ですが、
戦争映画と言うよりも、悲しい運命を背負った男達の人間ドラマとして男女を問わず多くの人に勧めたい作品です。

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公式サイト  http://www.amuse-s-e.co.jp/silmido/index.html
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「チキン・リトル」
あらすじ…何をやっても失敗ばかりの小さな男の子、チキン・リトルは。1年前に空の欠片が降ってきたと警報を鳴らし町は大パニックに。町の者や父親からさえも信じてもらえず「目立つ様な事は起こすな」と釘を差されてしまう。その後野球試合で決勝打を打ち、ヒーローになり過去を葬ったかに思えたが、又しても空の欠片が降ってきて・・・。

そのつもりは無いのに、ちょっとした事が大事になって周りからの信頼を無くしてしまうチキン・リトル。
父親は自分の学校の昔の野球チームのヒーローなことから自分も父親のように野球をしたいと申し出ます。
けれど「目立つな」「将来に希望など持つな」とことごとくチキン・リトルの希望を打ち砕いてしまうのでした。
でも、違う自分になりたいと彼はチャンスにかけるのでした。

とてもわかりやすいストーリーで「大切な事」をしっかりと伝えてくれる作品です。

誰でも自分を変えられるんだという勇気。
親子の会話の大切さ。
どんな事をしても子供を守る親の愛。

このコンセプトはアニメーションの世界とはいえ親としてはとても考えさせられるものです。
<我が子を信じる前に周囲からの評価を気にする。
 突拍子のない事をして欲しく無い。
 冒険させたくない。>

多くの親に当てはまらるのではないでしょうか。
だから子供はどんどん自信を無くしていき、失敗を畏れてチャレンジをしなくなってしまう。

父親に本当の事を言えず「ここで警報を鳴らしたらまた1年前のように嘘つきといわれるのでは>というチキン・リトルの気持ちの葛藤は、誰しもが似たような形で感じた事のある感情です。
誰に信じてもらえなくても親に信じてもらえる事で救われるのに、
それが無いために嘘をついて自分を取り繕ってしまうのです。

親子の会話とは、表面的に会話をすればいいと言うものではありません。如何に子供に向き合い、無条件に受け入れ、愛するか。それが大事です。そういう事をこの作品は「子供のチャレンジ精神」と一緒に伝えてくれます。

「インディー・ジョーンズ」「キング・コング」「宇宙戦争」「未知との遭遇」と(まだあるかな?)パロディも取り入れて大人が楽しむ要素を作ってくれているのは嬉しいところです。
オリジナルはチキン・リトルの声が気になった方が多いようですが、吹き替え版は雰囲気が合っていました。声は大事です。

ちなみにお気に入りキャラは三つ目の炎の形をしたカービー。
ハウルの動く城のキャラをちょっと髣髴としましたが可愛かったです。

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公式サイト  http://www.disney.co.jp/movies/chicken/
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