ai~ずRoom
映画の鑑賞とトールペインティングの作品の記録。 そしてささやかな日常日記。
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  • 映画大好き♪
    特にサスペンス、ホラーが好みですが、社会派、戦争物、感動物、ジャンルは問いません。
    旧作、新作に関わらずいい作品と出逢いたくアンテナ張っています。
    お気に入りの一本、是非是非教えてください。

    映画の話で盛り上がりましょう~♪


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「死ぬまでにしたい10のこと」
あらすじ…23歳のアン(サラ・ポーリー)は、夫のドン(スコット・スピードマン)と二人の幼い娘と母の家の敷地内のトレーラーハウスで慎ましくも幸せに暮らしていた。ある日、突然の腹痛に倒れたアンは、癌で余命2〜3ヵ月と宣告される。アンは誰にも余命を告げず、『死ぬまでにしたいこと10項目』のリストを作りそれを実行してゆく…。

アンが、書き出した10項目は興味深いです。
人生においてどうしてもしておきたい事、「子供達に毎日愛してると言う事」「刑務所の父に会う事」「子供達に18歳の誕生日まで毎年のメッセージを残す事」・・
これらが重いのに対し

「爪と髪型を変える事」「お酒とタバコを思いきり楽しむ事」・・
これらは23歳の女性のほんの日常の・・どちらかと言えば軽いことです。

その重いことと軽い事が混在するあたりが逆に「死」と向きあった者の現実的を受け入れようとする想いと現実を受け入れられない想いが見え隠れしていてリアルです。
実際、余命数ヶ月と言われたら、子供達の将来のようなすごく先の事と手近なことに気が行くんじゃないかなって思います。

「夫以外の男性と付き合ってみること」「娘達が気にいるママを見つけること」
コインランドリーで出会った男性(もっともこれは2度目の出会いですが)とすぐに付き合ったり、隣に越してきた女性を新しいママにしようとするなどはあまりにも安易な気もしますが、時間が無いと知ったら、アンの取った行動も有りなのかな・・。


人生最期の時を過ごすとても重い題材で、「泣いてください」ばりの演出はいくらでも出来たと思うのですが、あえてサラリと「23歳の家庭を持った女性」のありのままの姿として描いている所には好感が持てます。
ただサラリと描いた事で、大事な部分の深みが薄れたかなという印象。
母親はこの作品中大事な存在だったけれど、親子の感情がいまひとつ曖昧だったのと、疎遠だった父と対面するアンの内面の葛藤までもがサラリとなぞっただけで終わってしまったのは惜しいです。
「新しいママを気にいって自分を忘れて楽しく生きて」と願いながらも、忘れないでねと言いたげに「18歳までのバースデーメッセージを吹き込む」・・・そんな裏腹な感情のひだは大事に描いて欲しかったと思いました。

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公式サイト  http://www.shinumade10.jp/main.html
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「赤い鼻のピエロ」
あらすじ…14歳のリュシアン(ダアミアン・ジュイエロ)は教師でありながら日曜日になると赤い鼻のピエロに変身し、公民館でみんなから拍手を浴びる父の姿が恥ずかしくてたまらなかった。そんな彼にジャックの親友であるアンドレ(アンドレ・ドゥソリエ)は、どうしてジャック(ジャック・ヴィルレ)が“赤い鼻のピエロ”になろうと決めたのかを語って聞かせるのだった・・・。

第二次世界大戦中のドイツ占領下のフランス。小学校教師のジャックと帽子屋を営むアンドレは、共に想っていたルイーズにいいところを見せようとある晩、ドイツ軍事輸送の鍵を握る鉄道ポイント切換所の爆破をする。成功を喜んだのも束の間、二人はドイツ兵に他の2人と共に捕らえられてしまう。捕らえられた穴の中で癒しを与えてくれたのは他でもない敵軍のドイツ兵だった。


ピエロになっておどけている父の姿が好きになれずに決して笑わなかった息子が、父がピエロになろうと決意した経緯を知り涙ながらに「ブラボー、パパ!」と叫ぶ姿は、まさに観客であるあたしの姿でした。

戦争映画なのに戦闘シーンはありません。
それなのに一人の赤い鼻のドイツ兵の存在、ただそれだけで戦争の愚かさを訴えた珠玉です。しかも、このドイツ兵は反戦を唱えるわけでもありません。
ただ、ジャックたちの前で赤い鼻を付けおどけ、そして銃殺命令を受けた時に上司の前で赤い鼻を黙って付けた・・・静かな存在でした。

赤い鼻がコロコロと穴に落ちていき拾ったジャックが大事に汚れを拭き取る。
残虐シーンが無くとも戦争の悲惨さがずっしりと胸にのしかかるシーンでした。

少し前に観た「ライフ・イズ・ビューティフル」でもそうでした。この二つの映画に共通するものがこの「静かなまでの悲哀」です。
戦争が怖いと感じるのではなく、戦争は哀しいと訴えて来ます。そして哀しさだけでなく、愛情がいしずえにあるのです。

配役に全く無駄が無く、どの登場人物も意味があり印象的です。
最後にジャックが歌う曲を耳にした時、観客はその清らかな歌声があのドイツ兵の歌声とだぶり、さらに涙することでしょう。

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公式サイト  http://www.wisepolicy.com/effroyables_jardins/
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「アダプテーション」
あらすじ…脚本家チャーリー・カウフマン(ニコラス・ケイジ)は「マルコヴィッチの穴」の成功で、一躍次回作を期待される存在となった。
次の仕事は作家スーザン・オーリアン(メリル・ストリープ)がフロリダで蘭を不法採集した栽培家ジョン・ラロシュ(クリス・クーパー)を描いたノンフィクション『蘭に魅せられた男』の脚色。
チャーリーはさっそく作業を始めるものの、思うように書けない。煮詰まった彼は自分自身をも否定しそうになる。
一方、陽気な双子の弟ドナルド(ニコラス・ケイジ)は脚本家めざして養成セミナーに通い始めていたのだが、あっという間に脚本家デビューを果たす...。


コメディー系の作品と思いきや内容はとてもヒューマンチックです。

才能を認められながらもその力量に自信のないカウフマン。手がけた作品には興味を覚えるものの自分の言葉にならずに悶々とします。
双子の弟の脚本が認められたことで一層自信喪失していきます。

彼は「コンフェッション」を脚本した実在の人物ですから、双子の弟の存在と言うのは彼の陰(みせかけ)の部分・・・<端から見れば成功して自信に溢れた自分>を表現したかったようにも思えます。
けれど実際の自分はジレンマだらけなんだと言いたかったのではないでしょうか。

この作品はカウフマンが自信を取り戻していく自己再生のストーリーでもあるのですが、メリル・ストリープ演じるスーザンの自分探し、そして運命に翻弄された中年女性の性(さが)を描いた作品とも言え、結構深いです。

小説の中のスーザンの女性としての心理が回想映像になっているのが実はカウフマンの脚本の流れになっているのだと気付いたのはラストになってから。
実際に起こっている事と脚本の狭間が微妙で、スーザンが本当にドラッグに走ったのか、一連の事件が本当にあった事なのか、微妙にしているのが妙です。

ニコラス・ケイジは神経質な男の役が上手く、こうしたダサ系もしっくり。
まあ、次ぎはイメージ改善できりっとした渋い役をやってくれることを期待します。

評価は分かれそうな作品ですが、あたしは好きなタイプの作品です。

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公式サイト  http://www.adaptation.jp/
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「スイミング・プール」
あらすじ…ミステリー作家サラ(シャーロット・ランプリング)は、出版社の社長の別荘に招かれる。そこは南フランスの自然に囲まれたプール付きの別荘だった。静けさの中、詰っていた小説もインスピレーションが湧き始め順調に執筆を始めるサラ。そこに社長の娘ジュリー(リュディヴィーヌ・サニエ )が現れ2人の奇妙な共同生活が始まる。毎夜違う男を連れ込んでは騒ぎ回るジュリー。最初は苛立つが、瑞々しい肢体で男を誘惑するジュリーに、サラは興味を持って観察するようになる。そんなある日、サラはプールサイドに残った血痕を見つける。

え?と思うような幕切れの後、自分の頭の中で巻き戻しをしていました。何でもなかった事が観終わった後で意味があった事に気付いたからです。
理解できないぞ~っとさじを投げそうになるものの、自分なりの謎解きをしてみました。

<以下ネタバレあり>

ジョリー(実際にはジョンの娘ではなかったのですが)は最初からサラの前に目的があって現れたのです。
それは<自分がかつてジョンにダメ出しをされた小説を世に出すため>に。

ジョンのオフィスにはサラの写真がたくさん貼られていました。
サラを利用と考え付いたのでしょう。居場所を知るのもたやすかったに違いありません。

後半に入って起こる殺人事件。

・・サラはミステリー作家です。
ジュリーを題材に小説を書いていたとしても単純なポルノ系の小説を書いていたとは思えません。そのストーリー中でジュリーは「殺人」をしていたのでしょう。

「あなたのために殺したの」・・・あなたの小説のために殺したの。
と言いました。はじめはサラの小説にリアル感を出すため?とも思いましたが、しかしこれも伏線です。

そして殺人ほう助のお礼の様に残した小説原稿。「母の原稿」と思わせて、実は自分の、ジュリー自身の作品だった。まんまとサラは騙されたわけです。
サラがその小説を出版したら、「それはあたしの小説を盗んだんだ」と主張すればいい。それが彼女の真の狙いなのだと思います。

サラには殺人ほう助の罪があります。そう、あの殺人はサラが対抗して来た時に脅しのネタになる。
殺人はそこまで計画されつくしたものだったのでしょう。

この解釈、なかなかいい線いってると思うんですけど。

シャーロットは、若さの前に老いを感じる小説家を巧みに好演。リュディヴィーヌにしてもあそこまで裸身を出す必要はなかったとは思うけれどなかなかどうしてお歳の割には綺麗な裸身でしたよ。頑張ってくれましたね。

観た後からジワジワとミステリー色が強くなる非常に興味深い作品です。

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公式サイト  http://www.gaga.ne.jp/swimmingpool/
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「私はうつ依存症の女」
あらすじ…リジー(クリスティーナ・リッチ)は、母親(ジェシカ・ラング)の干渉から解放されハーバード大学での寮生活をスタートさせた。新進の音楽ライターとしてローリングストーン誌から表彰されもし、ルビー(ミッシェル・ウィリアムス)というルームメイトの親友もできた。恋人も出来て大学生活を謳歌しているように見えた彼女だったが、ある日疎遠だった父親が4年ぶりに姿を現す。もともと不安定だったりジーの心のバランスは一気に乱れていく。

子供の頃の両親の諍い、離婚、そしてその後の母親の過干渉。
心に傷を持つリジーが精神的バランスを崩していく過程は興味深いのですが、リジーの不安定さから来るのであろう、さまざまな出来事がうつの症状というより単なる「わがまま」し放題の女に見えてしまったのは残念。親友や恋人の突き放した態度は当たり前で、リジーに感情移入はできませんでした。

そもそも「うつ依存症」というタイトルはいかがなものでしょう。
「うつに依存する」という解釈がおかしな気がします。

この映画の原題は「プロザックの国」です。ブロザックというのはコカインやマリファナなどと同じ薬物です。
リジーはこころの不安定さをお酒や、ドラッグに頼っていました。
それを思うと「ドラッグ依存症」であり、少し捻るとして原題の方が良かったのに・・。

クリスティーナ・リッチは「モンスター」でアイビーを演じた女優さんです。
この自叙伝に惚れ込んで演じた役柄とのことですが、見た目は違うものの感情表現の出し方がアイビーに被りました。

反対にいい演技を見せてくれたのがジェシカ・ラング。離婚から娘に過度に期待し、干渉する身勝手な母親を好演しています。

リジーに対して共感できなかったのは、うつ(ここではドラッグと言った方がいいかもしれませんが)から這い出すための苦悩が見られなかったからでしょうか。
<誰もが何かをきっかけに心のコントロールを失う要素を持っているんだ>という呼びかけや、問題定義がなされてないのでいくらベストセラーの映画化とは言え、心に残るものがありません。

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公式サイト  http://www.utsu-movie.jp/
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「カンフーハッスル」
あらすじ… 悪が横行する華やかな世界と貧困の<差がくっきりと分かれる混沌とした時代。「強く生きるには悪になること」と冷酷無情なギャング団“斧頭会”のメンバーを目指すシン(チャウ・シンチー)とその相棒(ラム・ジーチョン)は、貧困地区の豚小屋砦で小金を騙し取ろうとする。そこにひょんなことから大勢で侵略して来た斧頭会の面々をやすやすと一蹴してしまった豚小屋砦の住人。カンフーの技を極めながらも普通の生活をしている職人達だった。家主夫婦もまた曰くありげで・・・。 斧頭会の組長サムは仇を打つために腕の立つ殺し屋を雇い豚小屋砦にやってくる。

「ありえね~」のキャッチコピーのごとく、ありえないことだらけのギャクが満載。
相棒が投げたナイフはブスブスと刺さり、次のシーンでは服ごと修復。家主のおかみと超高速で追いかけっこ。前方から走ってきたダンプを超人的に優美にジャンプ、そして看板にドーン。

まさにアニメの実写版のようなノリなのだけれどありえないことに無邪気に笑える貴重な作品でもあります。

まずキャラが個性的。落ちこぼれのシン、猟奇的な家主のおかみ(ユン・チウ)、オカマの洋服仕立て屋(チウ・チーリン)、斧頭会組長サム(チャン・クオックワン)どれをとっても笑えてしまう。
「MIB」「マトリックス」多々の映画をパロッていても嫌味のない使い方でOK。パロディも使い方を間違わなければセンスになります。

そしてカンフーにあまり興味ないあたしのような者でもすごく楽しめた事。それはCGを使いアクションを過大に見せているものの、俳優陣にちゃんと基礎があってその上に成り立ってるから。
だから安っぽさが薄らいでちゃんとしたエンターテイメントになってるんだと思います。逆にカンフー映画として優等生的に描いた作品だったら、カンフー映画を好きな人しか観ない狭いものになってしまったことでしょう。

実際観るまで、この映画はサッカー映画だと思いこんでいたあたしは(「少林サッカー」の続編かと^^;)いい意味で裏切られ楽しめました。

みんなが楽しんで観れるカンフー映画を作り出したシンチー監督の手腕は香港映画界の新風には間違いないようです。

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公式サイト  http://www.sonypictures.jp/movies/kungfuhustle/site/
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「ライフ イズ ビューティフル」
あらすじ…1937年、イタリアの小さな町アレッツォ。本屋を開く志を抱いてやってきたユダヤ系イタリア人のグイド(ロベルト・ベニーニ)は美しい小学校教師ドーラ(ニコレッタ・ブラスキ)と運命的な出会いをし恋に落ちる。役人との婚約パーティーでドーラを連れ去ったグイドは彼女と結婚し息子ジョズエ(ジョルジオ・カンタリーニ)にも恵まれ、幸せな日々を過ごす。しかしムッソリーのファシズム政権下。ユダヤ人迫害の波はグイド達をも呑み込み、強制収容所に連れられてしまうのだった。
息子を怖がらせないために彼は嘘をつき続ける・・・「これはゲームなんだよ。一等賞になったら戦車に乗ってお家に帰れるんだ!」と。


グイドはひょうきん者。ドーラと結ばれるまでの数々のエピソードはまるでおとぎ話の様です。コメディアンのように底抜けに明るい彼には前半で何度も笑わせられます。
ドーラとの恋物語はまさに「人生は素晴らしい」・・タイトルはそんな人生そのもの・・・・のように感じていた前半。

とんでもない。このタイトルの真の意味はこの後の彼の「愛」があってこそ生きてくるものでした。

幼い息子ジョズエの誕生日に突然強制収容所へ息子もろとも収監されるグイド。
息子に恐怖を与えたくないために「ずっと前からこの旅行を計画していたんだよ。」「ゲームで1000点取れたら賞品で本物の戦車に乗れるんだ!」と日頃の明るさで嘘をつきとおします。
時にはかくれんぼゲームと称して、またある時にはだんまりゲームと称してジョズエとゲームを楽しんでいる振りをします。

そしてドーラとの愛も前半を受け継いで全編に流れます。
収容所の放送機を看守の目を盗んでいたずらっ子のように使う。そしてドーラに向かって「こんにちは、お姫様」と語りかけるシーンは笑えるどころか涙、涙。
彼が極限の中で必死に息子を守りながらも妻を心から愛いているのがわかり・・「愛しているよ」と言葉にしなくても胸にズンと愛が響いて来ます。

戦争、ユダヤ人大量虐殺という悲惨な背景をこんな「愛」で描いた映画はありません。
陰惨なはずなのに画面からは愛が溢れてくるのです。

逆に言えばその「愛」からくる明るさが前面に引き出される事によって
戦争の酷さと悲しさが強調されてもいます。
それが見事なのです。

またイタリア映画(イタリア語)だったというのもこの映画の大きな魅力です。あのグイドの人柄を表す語り口調はイタリア語だからこそ生きると思います。

この映画が誰の目線で語られたものかがラストにわかりまたまた涙。。


笑えて泣ける戦争映画、タオルを片手に是非とも観てください。

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スター・ウォーズ エピソード3展 IN 東京国際フォーラム
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7月8日~8月21日<10:00~18:00(入場は17:30まで)>の期間、第1会場である目黒美術館との同時開催です。
入場料1400円(目黒美術館同額。2館共通券2400円)

目黒美術館がダース・ベイダーの秘密を中心に展示されているのに対し第2会場の国際フォーラムは乗り物の展示が中心となっています。

世界初、リアルサイズの「スターファイター」(縦6.7m×横5,2m×高さ2.2m)をこの目で見れるとあって会場に入る歩調も早まります。

入場者は夏休み前もあってか左程の混雑は無く、かぶり付きで展示物が見れました。入り口では音声解説の携帯機が¥500で貸し出されていました。あのテーマソングも流れていて、展示番号の前でそのボタンを押すと解説が聞けるというものです。
その前を通り越して真っ先に目に飛び込んでくるのがインペリアル・スターデストロイヤーの模型。細部まで作りこまれたこの模型の前でしばし釘付け。

その次に、R2-D2とC-3POの実物大(?)模型が。C-3POは金色でなく、エピソード2の時の色です。エピソード3で金色になるのでしょうか。


反転した所にはドゥークー伯爵の衣装。
「彼は逃げ伸びたんだった?」みたいな会話をしながらの観賞。

そしてその背中側に「スター・ファイター」がドーンと展示されていました。
思いのほか小ぶりに見えます。脇ではエピソード3の映像が大きなスクリーンで流れています。特撮がやっぱりパワーアップしていて、その迫力に直ぐに観に行きたくなりますね。

コースは違いますがスターファイターの脇にはアナキンと、パドメの衣装が。パドメの衣装はたぶん「Ⅱ」の闘技場(処刑場)で着ていた服だと思います。

順路に戻ればオビ=ワンのジェダイ・スターファイターも。これも観れるんだと感激♪

会場のところどころにスタッフの製作秘話なるムービーが流れていてこれはしっかりチェックです。
特に衣装担当者のムービーが興味深かったです。

会場はそれほどの広さではありませんでしたが、これは観ようによっては1時間でも2時間でもじっくり堪能できると思います。ちなみにあたしは45分でした。解説を聞きながらだともっと掛かると思います。

出口には販売コーナーがあります。
もう既にライト・セーバーとクローンのお面は売り切れ。ライト・セーバーにはヨーダの声入りだとか。どんな声が入っているんでしょうね。
一番のおススメはガイドブック。AとBと表紙がありますが中身の内容は全く同じです。2500円と少しお高めと思っても、内容は充実していますから絶対お得ですよ。アミダラ女王の衣装カタログなんてナミダモノです。

映画を観る前だとネタバレすると小耳に挟みましたが、新登場キャラはさておいてそのネタがなんなのかわからなったからあたしは充分に映画を楽しめそうです。
本当は映画の後にって言うのが一番なのでしょうけれど、観賞前でも充分に楽しめる展示会です。


最期に目黒美術館展示会場に行く方は要注意。というのも、国際フォーラム会場と違い、第1会場はあくまで美術館。休館日があります。うっかり休館日に行かないように事前チェックをお忘れなく。(今日も美術館の前で泣いていた人がいたかも・・・)

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「スター・ウォーズ クローンの攻撃 エピソードⅡ」
あらすじ…『エピソード1』から10年後。銀河共和国は、またもや争いと混沌の中に陥ろうとしている。何百もの惑星と有力な企業同盟の間に広がり出した分離主義者の運動は、ジェダイの騎士たちでさえ防ぎきれない新たな脅威を銀河にもたらしつつある。ナブー解放の際、アナキンはスターファイターを操縦し、勇敢にも通商連合ドロイド司令船の中心部に潜入した。少年の時のこの功績により評議会はオビ=ワン・ケノービにアナキンをパダワンとして指導する事を許可していた。オビ=ワンとの強い絆を築きアナキンは自信に満ちた強情な20歳の青年に成長していた(ヘイデン・クリステンセン)。そして分離主義者の暗殺の標的になったアミダラ女王の護衛を任されパドメとの再会を果たすのだった。

2002年作品。

アミダラ護衛中に観た悪夢で母シミの死を予感したアナキンは一人タトウィーンに戻るのですが、サンドピープルに連れ去られた事を知り、そして母の死に直面します。
本作で一番の重要ストーリー部分。

怒り、苦痛のままにサンドピープルを皆殺しにしたアナキン。ダークサイドに傾いて行く彼の苦悩の始まりとも言えます。
あどけなく無邪気だったアナキンが、成長していくにつれ、腕も立つがヨーダも恐れ始める「陰の部分」を垣間見せていくのです。
その強健な部分と無鉄砲な部分、とても上手く表現されていたと思います。

前作から更に3年。映像の特撮は進歩の一歩を遂げ、クリチャーとの闘い場面などまったく違和感のない滑らかさ。

アミダラ女王ナタリーポートマンの美しさ、アナキン・ヘイデン・クリステンセンのハンサム度、
Ⅳ~Ⅵがダメと言うわけじゃないけどヒーロー、ヒロインはやっぱりこうでなくっちゃ!

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公式サイト  http://www.starwarsjapan.com/episode-ii/index.html
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「スター・ウォーズ ファントム・メナス エピソードⅠ」
あらすじ…長い間安定を保っていた銀河共和国。辺境の星系との交易ルートへの課税問題で強大かつ貪欲な通商連合は実力でこの問題にかたをつけようと、武装艦隊によって惑星ナブーを武力封鎖してしまった。共和国議会はこの緊急時にも堂々めぐりの議論を繰り返すばかり。元老院最高議長はこの膠着状態を外交的手段で解決すべく、ひそかに、銀河の平和と正義の守護者であるジェダイの騎士クワイ・ガン(リーアム・ニーソン)とオビ=ワン(ユアン・マクレガー)を派遣した。条約調印を強要され捕らわれたナブーの女王アミダラ(ナタリー・ポートマン)を救い、元老院議員であるパルパティーン議員の助けを借りる為にコルサントへ向かう。旅の途中立ち寄ったタトウィーンで一行は少年アナキン・スカイウォーカー(ジェイク・ロイド)と出会う。

「ジェダイの復讐」から16年の時を経て1999年に公開されたエピソードⅠ。この歳月の間に撮影現場が大きく変化し躍進的な技術を得たことが画面からはっきりわかります。
1980年代でも目を見張る特撮だったであろう画面も本作で一気に質が上がりました。

まず骨組みだけのようなバトル・ドロイドに、
そして海の底のナブーの世界、グルド人など人間でない種族のリアル感、ポッド・レースの臨場感・・・
どれをとってもその特撮の素晴らしさを堪能できます。

「ファントム・メナス」はクワイ、オビ=ワンのジェダイ騎士の活躍を描く一方で、オビ=ワンとアナキン、アナキンとアミダラの出会いのエピソードです。

交易ルートや通商連合などちょっと整理しなければならない内容なのですが、その難しいことはサイトで復習するにして、アナキン坊や大活躍のポッド・レースを楽しみましょう。
このレースは「ディズニー映画」のノリで子供と一緒に盛り上がりたいところです。

ナブーの闘いで敗れたシスのダース・モールは師なのか弟子なのか・・・これが今後の作品に影響しそうですね。

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公式サイト  http://www.starwarsjapan.com/episode-i/index.html
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「スター・ウォーズ ジェダイの帰還」
あらすじ…ジャバ・ザ・ハットの宮殿を襲い炭素冷凍されたハン・ソロを救出するルーク一行。再びダゴバを訪れたルークは、力尽きたヨーダの死の直前、レイアが妹である事、父ダース・ベイダーと戦わねばならぬ事を告げられるのだった。帝国軍が建造中のスーパー・デス・スターが惑星エンドアからのエネルギー・フィールドで防御されている事を知った反乱軍は、空陸の二面攻撃を決定。ハン・ソロ、レイア率いるエンドアでの地上戦と、ランド指揮による宇宙戦が開始された。そしてルークは彼をフォースの暗黒面(ダークサイド)に引きずりこもうとしているダース・ベイダーと最後の闘いに単独で向かうのだった。

レンタルショップに行ってあれ?って思いました。ビデオが「ジェダイの復讐」となっているのにDVDのタイトルは「ジェダイの帰還」。
これはなぜ?

どうしてなのか調べてみると、1983年に映画化された時には「ジェダイの復讐」 だったのですが、2004年9月にシリーズのDVD化されるにあたって、タイトルが「復讐」から「帰還」と変更されたのだと言うことがわかりました。
内容は全く変わっていません。
<ジェダイは「復讐」なんてしない>という意向からだったようですが20年の時を経てタイトルが変わるなんてすごい事ですね。

ジャバに冷凍されたソロが助け出されたのは意外にあっさり。その後の活躍も帝国軍粉砕に大きく貢献し、なくてはならない男を本作でもしっかりアピールしています。

それでも今回ⅥでMVPだったのはエンドアの原住民、イウォーク族。
あたし的には「ぬいぐるみ族」なんですけど(笑)彼らの帝国軍兵との戦いぶりが愛らしく、ものすごく原始的な攻撃に違和感があるものの何故だか癒されました。
しかも重要な秘密基地の裏口を教えてくれるのも彼らなのだから、イウォーク族なくしてこの戦いには勝利できなかったかもしれないのです。

ダースベーダーと親子の決戦を迎えるルークは父の中にまだ微かに残っている「善」を蘇らせダークサイドから救い出します。
怒りのままに敵に向かったらダークサイドに堕ちてしまう・・その人間の弱みにつけいる悪は、実は自分の意思との闘いなのだと気付くルーク。

完全な悪にはなり得ない。
怒りの感情のままに身を委ねると「悪」の側に引き込まれるのだ。
悪に堕ちるのは自分の弱さなんだ。

ダース・ベーダーとルークの親子のエピソードにしながらも実は全人類に向けての「諭し」である事に気付きます。

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公式サイト http://www.starwarsjapan.com/episode-vi/index.html
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「マッチスティック・メン」
あらすじ…自らを詐欺アーティストと称する詐欺師のロイ(ニコラス・ケイジ)。極度の潔癖症に悩んでいる彼は電話の受話器は毎朝消毒しないと落ち着かず、食器を汚すのが嫌で食事は缶詰ばかり。ある日、掛かりつけの医師が蒸発してしまい、常備薬を切らしてしまったロイは見かねた相棒のフランク(サム・ロックウェル)に精神分析医を紹介される。病気の原因を探る内、別れた妻との間の子供の事を思い出す。医師の代理電話で娘のアンジェラ(アリソン・ローマン)と逢う事ができ、一緒の時間を過ごすことで、ロイの心は癒されていくのだった。だがアンジェらを自分の仕事に巻き込んでしまい・・・。

潔癖症の詐欺師と言う設定が面白いと思ったけれど、この「潔癖症」までもが伏線となっているとは意外でした。

アンジェラと親子の時間を過ごす事で次第に仕事への執着を無くしていくロイ。父性に目覚めたロイが父親であろうとする姿に共感もしてしまうのにその気持ちさえ「やられて」しまいました。

ニコラスがこの役を演じ、また新しい潔癖症の姿を作り出しましたね。
チック症、発作が出てくると理性が無くなり怒鳴る癖。
まるでニコラス自身の癖のようでした。流石です。

ただ、真相がわかった後のアンジェラとの再会は蛇足感も。
治っていそうに見えたチック症が実はやっぱり残ってるって思わせるラストの動作は良かったんですけど、ほのぼので終わらせず絶句のまま完結した方がキレが良かった様に思います。
まあ、監督ゼメキスにとってはロイに救いの道を残してあげたかったのでしょうかね。

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公式サイト  http://www.matchstick-men.jp/
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「キャスティング・ディレクター」
あらすじ…ハリウッド映画界の花形キャスティング・ディレクター、エディ(ショーン・ペン)。しかし私生活ではクスリに溺れる日々で人生に嫌気をさしていた。皮肉屋でクールな同僚、ミッキー(ケビン・スペイシー)は妻子と別居中でエディの家に居候している。良き理解者でもあるミッキーが、自分の彼女と浮気をしているの も頭痛の種だ。ある日、揉め事を起こした友達のフィルを慰めるために、エディは風船使いのダンサーで娼婦のボニー(メグ・ライアン)を紹介する。だが、フィルは彼女を車から突き落として暴走。。フィルは別居中の妻とヨリを戻そうと努力するが妻に突き放されて・・。

一見華やかに見える仕事の裏にある、人生の孤独。
エディはヘロインを片時も話せないほどの薬中。それを冷ややかに見ているミッキー。
お互いの中に反発するものがあるものの、信頼関係にある二人。
友人アーチーは家出少女を手土産に置いていく軽薄さで、フィルはちょとのことで直ぐキレる。
「クスリ」と「女」そしてなんとなく気の合う仲間。

1984年デビッド・レイブが書いた戯曲”Hurlyburly"の映画化です。
舞台ではハーヴェイ・カイテル、ウィリアム・ハート、クリストファー・ウォーケン、シガニー・ウィーバーらそうそうたる顔ぶれがが出演をしており、ショーン・ペンとケビン・スペイシーもそれぞれ実際舞台で演じています。

メグ・ライアンの娼婦役など話題性は大きな作品でした。

けれど洪水のごとくに溢れる台詞の中にそれぞれの想いを汲もうと努力はしたものの観ていて正直疲れました。
2時間セリフばかりが続き、小さな出来事の組み合わせで大きな山場がありません。
キャスティング・ディレクターの仕事の裏側が見れるのかと思いきや、
仕事に絡む話は一切なし。
いったいこのタイトルは何?

キャスティング・ディレクターという華やかな仕事の裏にある本来の孤独を伝えたかったのでしょうが、別にこの職業じゃなくたっていいんじゃないかと思ってしまいました。

好きな俳優人のマッチングだけにどんな風に個性を絡ませてくれるのかとても期待したのに演技の上手さだけが上滑り。
メグの役だって特別書き立てる役じゃなし。

観終わっても残念ながらなにも伝わってきませんでした。


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「0:34」
あらすじ…ロンドンの地下鉄チャリング・クロス駅。深夜0:34の最終電車に乗り遅れた上に出口から締め出され、途方に暮れたケイト(フランカ・ボテンテ)の前に無人の列車が到着した。思わず乗り込んだケイトだったが、止まった電車の中で彼女を追って乗り込んできた仕事仲間のガイにレイプされそうに。その時突然扉が開きガイは引きずり出され何者かに襲われた。後部扉から脱出し、元の駅に戻ったケイとは駅で暮らすホームレスのカップルに助けを求めるが・・。

助けを求めた警備員が、ホームレスのカップルが、次々と断末魔の叫びと共に闇へと消えていく・・。
‘何か’がいる・そして、ついにケイトがその真実を目撃する。


「28日後・・」のクリストファー・スミス監督による地下鉄ブリティッシュ・ホラー。
地下鉄の駅の奥深くに「何か」がいて起こる惨劇はスティーブン・キング作品を思わせます。
しかしその怖さは姿が見えないことで感じるものであって、はやばやと姿を見せてしまっては、ジェイソンや、フレディを観る感覚と同じ。

犯人の素性は明かされるものの、その問題部分を掘り下げていないから感情には迫ってきません。
ショッキング的な真相なのにどうして「怪物」へと変貌していったのか、地下にあったものはなんだったのか、きちんと描かれていないのでスプラッターシーンに走ったフツーのホラー映画に留まってしまいました。

たぶんこの映画を観ても平気で地下鉄に乗れるんじゃないかな。

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公式サイト  http://www.0-34.com/

公式サイトへはリンクからどうぞ



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「スター・ウォーズ 帝国の逆襲(エピソードⅤ)」
あらすじ…前作で帝国軍の要塞を破り勝利を治めた反乱軍だったが、帝国の奇襲はなお続き、現在の本拠地である雪の惑星ホスからの撤退を余儀なくされる。ルークは瀕死の時にオビ=ワンの幻影を見て「惑星ダゴバに行きヨーダに学べ」と告げらたことにより戦列から離れ、ジェダイの騎士としての修行を積むべく惑星ダゴバへ。ハン・ソロとレイア達は雲の惑星ベスピンへ逃れるが、そこにもダース・ベイダーの罠が待ち受けていた

1980年シリーズ第2作目です。

2作目の常として、どうしても繋ぎの感がありますね。
本作はルークのヨーダとの出会いと、ハンがレイア姫を守り帝国軍から逃れるため孤軍奮闘すると言うもの。
ささやかなハンとレイアの恋愛も映画いていますが、実際レイアがハンを心から愛しているかと言うとラスト、ルークに肩を抱かれているレイアを観る限りまだ不明。

何よりも本作は「ラスト」こそ命で、先日ある番組でそのセリフが公開までもれないようにシークレットにするため言葉をかえて吹き替えされていたのだとか。

すごくショックングなそのセリフはストーリー全部すっ飛ばしてここだけ観ればいいんじゃないかと思わせるほどです。

凍結されたハンは一体どうなるのか
次回の展開は面白そうです。

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公式サイト  http://www.starwarsjapan.com/episode-v/index.html
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「スター・ウォーズ 新たなる希望(エピソードⅣ)」
あらすじ…はるか昔、銀河系は帝国による圧政下にあった。反乱軍の一人レイア姫(キャリー・フィッシャー)は帝国が誇る最終兵器=要塞デス・スターの極秘設計図を盗み出すも帝国軍に捕らわれる。、レイア姫は救援信号を発信するが、それを受信したのは一介の農場手伝いの青年、ルーク・スカイウォーカー(マーク・ハミル)であった。自らの運命に導かれるかのごとくルークは、賢者オビ=ワン・ケノービ(アレック・ギネス)、ならず者のハン・ソロ(ハリソン・フォード)と相棒のチューバッカ、ドロイドのR2-D2やC-3PO等忘れ得ぬ仲間たちとともに、レイア姫の救出と反乱軍による帝国の壊滅に身を投じていく。

1977年のスター・ウォーズシリーズ第1作。
30年近く昔の映画ですね。昔テレビで観たことがあったのですが、この作品以降観ておらず、エピソード3が公開されるにあたり予告編の映像の素晴らしさに惹かれ思いきって最初から観てみる事にしました。

聞く所によるとエピソード1から観てもいいとのことだったんですが、Ⅳにきて一気に映像が古臭くなるのは興ざめかなと古い順から観始めました。
ストーリーに出てくる言葉の意味がこの作品で多少説明されているので、これは多分正解だったと思います。

昔観た時からこのシリーズの主役はハリソン・フォードだと思いこんでいましたが、見直して納得。彼の出番と活躍の方が印象的で、キャラとして光っています。
時代的なものもあって今観て見ると古臭さは否めませんが、3POやR2-D2のロボットはあの頃には斬新だったことでしょう。情感も感じられるし。

始めの出だしがずいぶんはしょってるなと感じましたがこの部分が後のシリーズのエピソードになってくるのでしょうか。

思い入れる程の内容ではありませんでしたが今後の展開に期待します。

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公式サイト  http://www.starwarsjapan.com/episode-iv/index.html
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「宇宙戦争」
あらすじ…アメリカ東部。別れた妻との子供、レイチェル(ダコタ・ファニング)とロビー(ジャスティン・チャットウィン)と1日を過ごす事になったレイ(トム・クルーズ)。突然暗雲から立ちこめ稲妻がほとばしり、直後、人々の眼に信じがたい光景が映った。地中深くから巨大な三本足の“物体”が姿を現し、人間を手当たり次第に抹殺し始めたのだ。レイはロビーとレイチェルを連れて町を脱出。安全な場所を探して車を走らせるが、“物体”は世界各地に同時多発的に出現していたのだった。

スクリーンで観る映像は迫力あるシーンのオンパレード、息もつかせぬ展開で突き進む感じですごいです。
今でこそこういう映像が撮れるのだろうけれど、ただただ圧巻です。
いつも通りの日常に突然起こる宇宙人の襲来は、確かに恐ろしく、なによりダコタ嬢の叫びまくりの表情は迫真の演技。一歩間違えるとやりすぎか?なのだけど、その恐怖の顔は記憶に残ります。

離婚したことでギクシャクした親子の絆。そしてこの宇宙戦争の中で見出す娘と息子との親子愛がうたわれていますが、それを無理に前面に押し出していない点は正解です。
パニック映画としてそちらを主体に表現して欲しいという期待はしっかり叶えてくれました。

ただ強いて難癖を付けさせてもらうならば、地球が何故救われたのかと言う理由がラストに説明されるところ。
いえ・・説明されないとわからないことなんですけれどね。
でも2~3日のうちにそういう結果になるものかと言うと・・・ちょっとどうかなと。

そこらへんを観た方がどう納得できるかで、観た後の余韻も変わることでしょう。

でも観るなら是非とも映画館です!

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公式サイト  http://www.uchu-sensou.jp/top.html



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「π(パイ)」
あらすじ…マックス・コーエン(ショーン・ガレット)は天才的な数学能力をもち、自作のコンピューターで数字の研究を続けていた。ある時、世の中のすべての物事は一つの数式によって解析できるのではないか、という考えにとりつかれる。株式の解析をしている時にコンピューターが216桁の数字を吐き出す。ユダヤ教のカバラ主義者、レニー(ベン・シェンクマン)にモーセ五書の「神から暗号」だと聞いたマックスはこの話に取り付かれ、216ケタにのめりこんでいくのだった。そしてマックスの頭痛と奇妙な妄想はひどくなっていき・・・

マックスの数学的観点が株市場に役立つと知った仲買人たちに拉致されそうになったり、カバラ主義者の集まりにつれていかれ、神秘の数字を教えるよう迫られたり。
そんなサスペンスを盛り込んでいるものの、「π」との根本的関係が見えてこないので難解でした。

妄想は「π」に取り付かれたためというより、とめどなく襲ってくる頭痛を抑えるために皮下注射を打ったり、半端じゃない頭痛薬を飲んでいたが為では?と思える節もあります。コカインとかもやっていましたしね。

1998年ものなのにあえてモノクロで撮った映像は、すごく印象的でエキセントリックな感覚にさせるのですが、数字が次から次へ湧いてくるような、そこまでのサスペンス感覚を持てなかったのは残念です。

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「ユートピア」
あらすじ…予知能力を持ったアドリアンは毎夜爆破を予知する悪夢にさいなまれ、警察に出向く。刑事のエルヴェは取り合わないが、彼の目前で妻子を巻き込む爆破事件がおき現実のものとなる。それから6年後、父親がわりのサムエルが倒れたとの知らせを受け、彼に会いに行くアドリアン。未来を変える術を持たない自分に絶望していたアドリアンにサムエルは「予知能力を悪夢に変えてはいけない」と、予知夢にしばしば現れる女性アンヘラを探せと言う。彼女と自分の関係もわからないままアンヘラを探しに旅立つ。一方6年前の爆破で失明したエルヴェもまた、行方不明の捜査を依頼されアンヘラを探していたのだった。

ユートピアとはアドリアンと同じく予知能力を持つがゆえに社会に馴染めない者達の集まり。
心から安らげない彼らが「ユートピア」の言葉に安息を求める想いを込めているのがわかります。

人の死を見てしまう事、それを止められい事に絶望するアドリアンの内なる葛藤が映像でうまく表現されています。

失明したエルヴェの存在は作品の最重要人物と言えるでしょう。
エルヴェとアドリアンの再会は、「未来図」として6年間の歳月を感じさせます。彼が抱えた「過去」にアドリアンが直面していく重さが作品を重厚にしたと思います。

ただ、結論的に「予知した未来も変えられる。変えるのは自分自身だ」と悟るのですが、ラストのサムエルの独白は無用だった様に思います。
その言葉無くして余韻の中で観客に気付かせた方が効果が高かったと思いますが。

ハリウッド映画に慣れてしまうと、他国版のサスペンスと言うのは何故か迫力に欠ける気がしてしまうのはどうしてでしょう。
決して言葉や、ストーリーとも違う気がするのですが。
一番の要素は音楽のような気がします。ドキドキ感や張り詰めた空気の時に流れる音楽をハリウッド映画は効果的につかっていますが、今回のスペイン映画にしても、音楽に頼らず映像で感じ取らせる手法です。
それは本来王道なんでしょうけれど、音楽が如何に観る側の感覚に影響するかを知ってしまっているあたしのような者にとっては、「静かな」サスペンスは物足りなくなってしまうのかもです。

見せ方がよければ決して音楽などにたよる必要はないとは思いますけどね。

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公式サイト  http://www.wisepolicy.com/utopia/
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「ジェリー」
あらすじ…二人の若者が砂漠のドライブの途中に車を降りる。けもの道のような小道を無造作に歩き始めたふたりは、気づいた時には、荒野で道に迷うという事態に陥っていた。危機感のなかった二人はお互いたわいもない話を続けながら歩いていくのだが、周りを砂漠に囲まれた頃次第に絶望的感覚に陥っていく。

友人同士(マット・デイモン、ケイシー・アフレック)であろう二人の名前もわからなければ、ドライブの行き先、目的、なぜ車から降りてけもの道に入って行ったのかも一切謎のままです。
ただの戯れで気軽な気持ちで散歩を始めたのか、それともなにか目的があったのか・・・。

序章、ただただ一本道を車が走る光景が映し出されます。
すごく静かな、まるでこの後なにかが起こるぞと嵐の前の静けさのような暗示。けれどこれはまったく逆でした。
何も起こらないのです・・・映像的には。
これがミソです。青年二人はひたすら歩き、迷ったぞと言うことには気づくものの争うわけでもなくどこかのほほんとしています。

1時間半、殆どふたりが延々歩き続けるシーン。会話も極端に少ないです。観ているこっちまでいい加減うんざりしてきます。
綺麗な自然の風景を見せられているうちに、「このふたりヤバいぞ」と感づき始めるのはすでにふたりは砂漠の真っ只中にいました。

映画館で観ていたらきっと眠ってしまっていただろうなあ・・と思うほどの単調な作品なのに、観終わった後に逆にストーリーの重さを感じてきます。謎だらけなのに・・です。すごく不思議な作品。

極限状態に次第に追い詰められていく二人を時間が追っていくというシンプルな表現が「渇き」を否応にも観ている者に与え飢餓状態にさせます。
つまらない映画と書こうと思っていたのに、こうして書いているうちにどんどん二人の精神的なものが見えてきて、作品が魅力的に見えてきました。

ジワジワ来るのが今頃なんて・・・本当に不思議な作品です。

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公式サイト  http://www.elephant-picture.jp/Gerry/
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湾曲したものに描くのは初めてかもしれません。
描きづらかったですね。
このモチーフは、これから描くランプシェードのモチーフと同じです。
<失敗は出来ない>ものに描くと言うことでちょっとした練習課題です。
この傘、晴雨兼用傘なんですけど、なんと100円ショップのものです。フリルも付いていてなかなか可愛いんですよ。安い素材でバージョンアップしたものを作る、トールの醍醐味ですね。

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マガジンラック
過去の作品があったので記録しておきます。
このバラの描き方が基本になって今日描きあげた傘と、ランプシェードへと続きます。
左右の花びらに苦労したのを覚えていますが、
今回描いていたら少し慣れていた感じがします。何事も繰り返すことが肝心ということでしょうか。

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「軽井沢 -嬬恋」
ホテルグリーンプラザ軽井沢へ「バス送迎プラン」を利用して行ってきました。
新宿都庁大型駐車場から発車するので新宿にほど近い我が家にとってとても便利です。

9:00出発、途中上里サービスエリアで休憩が30分入り、ホテル前に12時15分に到着。
ホテルはヨーロピアン調の外壁で優雅なたたずまいです。

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雨が降ったり止んだりのため1日目はプリンスショッピングモールへ。ここなら雨でも気になりませんから。adidasとWedgwoodの店で気に入った物をゲットです。

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ただしホテルからここまでは片道バスで1時間、交通費は1360円とかなりお高いので本当は自家用車で移動が一番良いですね。

夜は50種もあるバイキング。お寿司、天ぷら、ステーキはその場で握りたて、揚げたて、焼きたてを食べれるのが嬉しいですね。バイキングでこんなに満足したのは久しぶりです。

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2日目は天気が回復していい天気に恵まれました。
昨日行けなかった上信越高原国立公園「鬼押し出し園」へ向かいます。

世界3大奇勝の一つで、1783年の浅間山大噴火で生まれた溶岩の芸術は圧巻。
噴火の激しさを今に伝える岩海の大自然を堪能しました。
下の写真の赤い寺社は浅間山観音堂です。

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広大な敷地の北東側には花木園が広がり、軽井沢のイメージにぴったりの清々しい緑溢れる高原が広がっています。
本当に気持ち良かったです。

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ホテルに戻って散策をしたり足湯に浸かったり。
3:00にホテルから帰路につき、2度のサービスエリアで休憩後、新宿に6:30に到着です。

そして締めは焼肉屋さんへ(^-^)


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「フレイルティー/妄執」
あらすじ…FBI捜査官ドイルのもとにフェントン・ミークスという若者が訪ねて来た。今世間を騒がせている「ゴッと・ハンド」と名乗る連続殺人犯は自分の弟だと言う。そして彼の口からは幼少時代の驚愕の体験が明かされる・・・。
1979年の夏。とある田舎町にフェントンとアダムは整備工場で働く父親ダッドと幸せに暮らしていた。ある日父親は二人に告げる。目の前に天使が降り立ち、7人の悪魔を倒せと使命を受けたと。父は天使から授かったという斧を手に「人間に姿を変えた悪魔」を息子達の目の前で惨殺していき、遺体をバラ園に埋めた。父親のしている事は殺人だとしか思えないフェントンは苦悩するが・・。


スプラッターシーンが無いにも関わらず「PG-12」(親の同伴無しでは観てはいけない)の指定を受けたサスペンスホラーです。

突然「天使から悪魔退治の使命を帯びた」という父と、その息子。父は優しいけれど子供達には絶対的な存在。「それは殺人なんだ」と父の話を信じない兄と父の考え方を受け入れて素直に従う弟。父を想いながらもギリギリの所で理性がまさったフェントンの感情の見せ方が実に巧みです。

「悪魔退治」とされる殺人がただの殺人では無い事がラスト近くに明かされていくので父の「お告げ」が本当に「妄執」だったのか、それとも確信的犯行だったのかが謎です。

先にも書いたように殺戮シーンもこの映画では見せません。しかし、斧を振り上げた父親の表情、顔をそむける子供達を見せるだけで充分過ぎるくらい怖いです。殺人を見せられる子供達の恐怖が迫ってくる感じです。
結末にどんでん返しがありますが、あたしはフェントンが地下室で斧を振り上げて・・、そしてアダムが・・・のシーンの方がよっぽど驚愕でした。

ホラーとして観てしまうと物足りないけれど、心理的ホラーが実はスプラッター、怨念系よりも好みなので、想像させたり、観た後にも考えさせられる要素がしっかりあるこの作品はホラーのジャンルの中でも一味違い、面白い味付けで楽しめました。

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公式サイト  http://www.uipjapan.com/frailty/

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